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ハイチの物語文化について
 
 

貧しいけれど悠々、猥雑かつ優美、本当ではないが嘘でもない・・・
カリブの島に伝わる不思議な民話の夕べ
ハイチおはなしの会

来月始めに非営利組織ハイチ友の会が企画しております、
「クリック?クラック!ハイチおはなしの会」のご案内です・・・






 という書き出しで、一通のメールが来ました。
 複雑ではあるけれど、とても素敵なお話です。


「クリック?」
ハイチでは聞かせたい話がある人は、集まった人々にまずこう声をかけます。
「クラック!」
聞き手はこう応じます。よし、やってくれという合図です。
ひとびとから「クラック!」の声があがらなければ、
話し手は物語をはじめることができません。
気持ちのいい「クラック!」が返ってくることを期待して、
また別の人がまた「クリック?」と声をかけます。
 

ハイチの人々による物語の夕べは首都のポルトープランスを一歩でると、
田園地帯でも、山岳地帯でも、草原地帯でも聞かれます。
これらの農村部では住居は草ぶきの小さな小屋で、電気は通っていません。
夜になるとどの家でも自分たちで何か楽しいことを考え出します。
大人たちはあまり疲れていないときは、そしてそれが特に満月の夜だったりすると
みんな家からでてきて戸口に腰をかけ、おしゃべりやうわさ話に興じます。
するとじきに物語を思いつく人がでてきて、「クリック?」となるわけです。

話される物語はみんながよく知っている物語です。
最高クラスの話し手は、誰もが知っているお話をより面白くするために、
あるいはイメージを膨らませるために独自のものを作っていきます。
さて、今度の話し手はどんなものを話に加えていくだろう、
と人々は期待するわけです。

ハイチにはペテン師の話がたくさんあります。
ハイチの歴史は長い抑圧と搾取と受難の歴史でした。
コロンブスがハイチに上陸した25年後には、
ハイチの原住民であるインディオは疫病に犯され、
ほんの一握りしか残っていませんでした。
そこでスペイン人たちは自分たちのサトウキビ畑で働かせるために
西アフリカから奴隷を連れてきました。
それはフランスの支配下になっても変わりませんでした。
1804年、ハイチは独立して現在に至っていますが、
国民の多くは今日もなお食べるのにこと欠く有り様です。
ハイチの人々の生存のための厳しい現実は多くの物語に反映され、
殴るだ、殺すだ、恥だ、不名誉だといったことがしょっちゅうでてきます。

困難な状況は今も続いています。
91年〜94年の軍事政権のハイチ経済に残した爪痕は
民主政権となった現在も癒えておらず、失業率は70%とも80%とも言われています。
また20年前の緑を100とするなら、いまは3%の緑しか残っていません。
それも軍事政権に対するの経済制裁のため、
エネルギーの供給を経たれた人々は木を切って燃料とするほかなかったからです。
農業国とはいえ、やせた土地からは子供たちにも十分な食べ物を供給できません。
 

けれども、多くの社会矛盾や不合理を抱え、
せっぱ詰まった状況に身をさらしているにも関わらず、
生き延びるために培われた秩序や相互理解、
現実に向かい合う強さや明るさを反映するようなユーモアを、
民話やその節々で登場する歌の中にをたくさん見つけることができます。
 

遠く離れた山梨の夕べ、
異国に暮らす人々に想いを馳せ、
たとえ一時でもハイチの物語の世界に身をひたして下さったら
どんなに嬉しいことでしょう。

それでは用意はいいですか。
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     クリック?
 

参考文献:ウォルクスタイン採話・清水真砂子訳「魔法のオレンジの木」岩波書店
     佐藤文則「ハイチ・目覚めたカリブの黒人共和国」凱風舎


お話の会の詳細は、以下へ

ハイチ友の会事務局
http://friendsofhaiti.home.mindspring.com/
 


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