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Diario
日々の記録
2002.0224 日曜日
明日から海外出張である。とりあえず「南の島」と呼んでおく。去年の10月にも行ったちいさな小さな、楽園のような南洋の国だ。
気の利いた食事は、ひとつきの出張と言えど、しばらくできまい。家では手巻き寿司を食べた。ごちそうさま。
2002.0223 土曜日
徹夜明けにて、昼までに出張の荷物を会社へ持って行く。空港まで集配してくれるからだ。しかし、疲れた。髪なんて、どろどろである。
2002.0222 金曜日
連日、来週月曜に出発の海外出張へ向けての準備に追われている。
2002.0221 木曜日
ページのスタンスこの1週間は、来週月曜から3月末までを予定している海外出張の準備に当てている。ちょっとこのページのスタンスについて。 協力隊のころの日誌とは違い、今は企業での活動である。内容についても、そこで感じたことについても、書けることはごく限られており、あくまでもプライベートなことに限定せざるを得ない。 そもそもこのページを始めた目的は、途上国で建築する、という夢みたいなものを具体化して行くに当たって、なんでもよいからいろんな人々と出会って語り合いたい、あるいは同種の興味を抱いている人と出会いたい、もっというと、前を歩いている人に出会いたい。そういうことだった。
まとまった論文や、資料の形態ならば、ある程度の可能性はあるのだが、それを業務以外でやるエネルギーも技量も、僕は持ち合わせていない。とりあえずできるのは、そのような情報を持っているのですよ、と日誌を通じて伝えながら、その日誌を、個人的な感情など、不純物もぶちこんだ、有機的なスープにすることだけだ。 ちょっと、ほんとうに歯がゆいが、とりあえずこのままつづけようと思う。
2002.0217 日曜日
ブランコを押す午前。近隣の友人の子供と、ブランコに乗る機会があった。何度となく背中を押した。僕の片手で十分なほど小さな背中を、ゆっくりと押す。ふっくら丸く、背骨なども分かるその小さな背中が、曇り空のしたで揺れている。いちにちを振り返って、とくにその意味を考えたりはしないけれど、なにか心に残った。 午後、日本橋の丸善、八重洲ブックセンターへ建築の洋書を買いに出かける。テクニカルな本がほしかったのだが、ほとんど置かれていなかった。海外からの取り寄せでなければいけないようだった。日本では、ようするに店頭にはどこも置いていないということなのだろう。情けないなあと思う一方、たしかに売れないのも理解できる。 はらはらと雨模様。
2002.0216 土曜日嘆きの英国人午前、英語学校へ行く。こなしているだけで、どうも上達していない。自習ができていないから当然だ。スコットランド出身という先生は、まだ二十台の男性で、たぶん向こうのごく普通の若者なのだと思う。チョコがもらえなかったよだとか、いやあ今週は最悪だったなどなど、なぜか深刻そうに聞こえない愚痴をこぼしていた。ネイティヴしか分からないであろうという調子でやるので、細部は分からないが、なんだか雰囲気は伝わってくるのだった。 その後は、どうにも疲れて眠くて仕方がない。仕方がないならと、布団の中へ移動した。
2002.0215 金曜日
ひとごとであってはいけない仕事を終えて、誘われるままに焼き肉など。続いてスナックなど。あつい人と飲む酒は、好きだ。うっとうしいと感じそうなものだが、思い返してみても、そんなことはほとんどなかった。 人ごとのようであってはいけない。そういうことを言っていたな。酔ってはいても、忘れられない。ただの言葉でも、厳しい響きだ。
2002.0214 木曜日
こう気持ちよく晴れた日は、久しぶりかも知れない。朝に眺める富士も美しい。 特に急ぐ仕事も少なく、遅くなる前に帰宅。食事とワイン。仕上げにトリュフを。
2002.0212 火曜日
チリの隊員と、メールを少しばかり交換している。その中で、チリ大学のハラモト先生が亡くなったことを知った。いつ亡くなったのだろう?驚きとも、悲しみともしれない気持ち。そんなにお年を召しておられただろうか?まだ全く元気だったのに。
2002.0211 月曜日
見分ける今日は祝日。ずっと寝てばかりだったから、今日は朝から活動した。朝の太陽を浴びる前の車。びっしりと氷の結晶が被っている。デフロスターでフロントガラスを暖めるひととき。 日中、雪がちらつくときもあり。 新宿に出る。時計店に寄る。基本的には、文字盤の上をくるくると針が巡るというだけの小さな機械に、こうも密度の高い苦心が傾けられていることが面白い。
2002.0210 日曜日
だめ押しのように、午後、また寝る。
2002.0209 土曜日
ゆきやこんこ、あられやこんこ。
夕方まで寝込んだままだった。 風邪を引いてから、もう1週間経つ。しかし、めまいがして、まだそれが直らない。こんなことは初めてだ。
2002.0204 月曜日
欠勤・鮎川信夫あえなく欠勤。これは初めてのことである。会社には念を押してインフルエンザだと告げた。ただ風邪だ、というのではなくて。ただ寝ているのももう3日目なので、飽きてしまった。棚やら机などの制作の続きをやる。これって、もう何ヶ月続いているだろうか。しかし、おかげで今まで和室を占領してきた食卓代わりの製図板が、所定の場所まで移動していった。残ったこの空間は、さてどう扱おうか。絨毯でも敷いて、ソファでも置こうかしら。いや、日本趣味で押すべきではないか。 どうもまだ熱がある。早く寝てしまわないと。けれどこれ以上ぐだぐだとしていたら、身体がしおれて疲れやすくなってしまうのではないかと不安になる。 ところで昨日、立春となったそうだ。どういった意図で春だと言うのか知らないが、確かに春へと季節が動き出したかのように、日中は力強くも暖かだった。 就寝前、製図板の下に敷いていた鮎川信夫の詩集を開いてみた。心の中から、なにかが思いかげなくあふれ出すような、気がした。この詩人は、まだ生きているのか。それとももうこの世にはいないのだろうか。
2002.0203 日曜日
雨模様も小雨となり、そのうち、ほとんど降らなくなった。英語学校のためにだけ外に出たのだが、まだまだ風邪は治っていなかった。うつされるかも知れないで同席したふたりには申し訳ないばかりだ。風邪をうつすまいとする気遣いは、大変日本的である。 来週は、それほど忙しくないと思うのだが、この体調で乗り切れるのか不安。
2002.0202 土曜日
昨晩からのどの調子がおかしかった。朝になってみたら、どうも本式に風邪を引いていた。インフルエンザだろうか?症状は重め。昨日飲んだ葛根湯も、今回は効かなかった。 おかげでいちにちの相当時間を寝て過ごした。よくもこれだけ眠れるものだと関心。
時間があったのに、読書ひとつできなかったのは、すこし心残り。
kmdesign
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