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Diario
日々の記録
2002.0127 日曜日
午前まで雨が降り続いた。止んでしまうと、陽が眩しかった。気温も上がったように思えた。高幡不動の駅前まで出ることがあり、ついでに書店で本を買った。このところ、何かと話題のハチントン「文明の衝突」など。数年前に欲しくて調べたら、縮刷版の英語版しかなかったので口惜しい思いをしながら買ったのに、今やポピュラーな本なのか。もちろん、英語の本は読めなかったけれど。
2002.0120 日曜日
仕事で外国の賓客を迎えに成田へ向かった。多摩まで連れてこなくてはならなかった。それにしても、遠い空港だ。どうして成田に国際空港があるんだろうか?関空も負けていないけれど。
2002.0119 土曜日
バスを待ちながら渋谷で映画。キューバが舞台。「バスを待ちながら」Lista de Esperaである。ラテンアメリカの典型的な?人間模様というか、考え方というか、がよくでていた。懐かしかったし、どの登場人物も愛すべき人間で、なんだかよかった。見て損をしたとは、決して思わない映画だ。こんなスタンスの生き方もあるのだ、と思う。 ラテンアメリカの人々の心を、ちょっとキャンデーにしてなめてみたら、どんな味がするだろう?それなら、この映画をみてみれば、一面を知ることができるように思えた。 日本の人達は、というと、ひとくくりにするようだが、あえていうと、あの映画みたいに、現実を受け入れながらも、「わがまま」に、「子供」みたいに、もっと日常の世界に幸せを追求してみたっていい。もっともっと積極的に、自由に。
2002.0117 木曜日
忘れ傘ぐずつく空。折り畳み傘で通勤。しかし、帰る段になって傘立てにないことに気が付いた。たぶん、ここに置かないで、どこかに忘れてきてしまったのだと思われた。 傘ではないのだが、しかし、なにかから自分を守るために、普段ならしっかりと胸に置いている言葉とか、いや、態度のようなものがある。しかし、それをどこかに、知らぬ間に置き忘れたまましばらくを過ごしていると、何かあったときに振り回されて弱ってしまう。そのようなことが、ときどきある。
帰り際の傘。どこかへ失ってしまったというのに、ちゃんと傘差してくれるとは、と。 帰宅。服を着替えながら、優しさを生活の中に忍ばせるためのポケットは、いくらでもあることに気付く。例えばタンスの中にだって。 夜中。作りかけの本棚を仮組みする。電動ドライバーの音が気になってほどほどにしてやめた。
2002.0110 木曜日
風景の道新年に改まって、もう最初の月が中旬になろうとしている。春なんかすぐやってくるだろう。 仕事からの帰り道、これからしばらく、そう、何年かはきっとこの道を往復していくのだろうと考えた。今までも、何年かずつ、こんな風に繰り返し眺める道というものがあった。
暗い夜道の帰り道。ひとつのページを読み終えて、あたかも次のページへと手をかけていくようなひとときだ。だからつべこべと内省的にもなることができる。これは一種の後悔みたいなものだ。
朝に余裕を持つべし。朝にまず勝つ。これだ。 実は最後の通勤電車を逃して、朝っぱらからタクシーに乗ってしまったのでした。反省。
2002.0109 水曜日
このところ澄み渡る空を眺められない。通勤のモノレールからも、今日は富士山が見えなかった。 ノー残業デーも、最近はなんだか形骸化しつつあるわがセクションではあるが、構わず7時過ぎに出る。 ややあってから、英語の学校へ。今日で3レッスン目となる。僕以外にあと2人の生徒がいた。同じレベルの人間とは思えないほどの差があった。
先生は毎回違ってきているので、今回で3人目になる。スコットランドの人だといった。まだ30歳には届かないだろう。今までカナダ、カリフォルニアの先生と当たっている。話し方によるのだろうが、今回の英国人が最も聞き取りにくかった。
帰宅後、よくできる女性の方は復習をしっかりやっているようだったので、まねして頑張ってみた。しかし、どうしてこう易しいフレーズをなかなか使えるようにならないんだろう。たとえば中学生の頃はもっと明晰だったはずなのに。確かに脳味噌は老化しているのだろう。
2002.0108 火曜日
ナイトキャップ風呂昨日は就寝5時だった。年賀状の返事を書いていた。よく書いたと自分でも思うので、時期が遅いとかどうとかいうことがなんとも思わなくなった。 寝る前に風呂に浸かって10分ばかり眠る。疲れたときや、睡眠時間が足りないと思われるときによくやる。これを昨日もやったので、睡眠3時間でも大丈夫だった。
今日は早く寝るべし、と決意したのも束の間。今は夜中2時も回って、こうして日記を書いているのだ。
2001.0107 月曜日
仕事始め。のんびり。新年会らしきものへ。
2002.0106 日曜日
スケッチ日記。 正月休み最後の日。
ユキエさんの壮行会。がんばれよ。元気で。中米が、呼んでいるんだ!
2002.0105 土曜日
大阪から東京へ。都内で食事をする。自宅へ深夜戻る。
2002.0104 金曜日
M脇邸を初訪問する。去年の秋の結婚式以来、彼と奥さんに会う。もう、新婚生活は板に付いた様子だ。 手料理を。おいしく頂く。部屋はさすがに僕の部屋と違って家らしい雰囲気だ。優しい空気が詰まっている。畜生、いいなあ。
Black Bottom Brass Bandなるバンドがある。新大阪のバーまで、ライブを見に行く。
上田正樹は、かつてサウス・トゥ・サウスというバンドをやっていた。ちょっとベクトルが近いからか、大阪の血は争えないのか、彼らは今年、上田のバックでもプレイするそうだ。
2002.0103 木曜日
清潔な汗くささ夕刻から車で京都を訪れた。京都盆地の北山の奥に深泥池(みどろがいけ)はある。ここのほとりのアパートにいるナオキさんとトモ子さんの夫婦に会うために。新婚間もない彼らの家に泊めてもらうのは少し気が引けたけれど、そんなことはどうでもよかろう。それが協力隊だった仲間のいいところだ。 彼らもチリで過ごした2年間を持っている人達だ。懐かしい思い出は、おもしろいもので過去の一部分に納まって終わることはなくて、たいていの元協力隊員は今の人生に連続して繋がっているように思えているはずだ。それは、誰もがそれぞれの任地で自分自身が変わっていった経験を持っているからだ。そしてそれは、さまざまな経験が、どれもを相対化してはっきりさせるような、目を見張る体験になり、今は自分の一部となっているからだ。 鍋をつつき、酒を開けた。本当は僕も京都に暮らしたかった。だから、今はちょっと貧しいかも知れないが、舞台としては最高の土地に住んでいる彼らが羨ましかった。 彼らには、若い人だけが持つ人間らしくも清潔な汗くささを感じた。
2002.0102 水曜日
父の誕生日である。昨日妹と買ったいずれもユニクロの服の数々を。犬と散歩するときや、近所の人達と歓談するとき。着物に何も頓着のない人だから、気取らず作業服のように着古してしまってほしい。
暇を見て読書など。
2002.0101 火曜日
元日午前遅く起きた。静かな実家で迎える元日。明日のために少し買い物に出かけた。母と妹を乗せて山を越え、奈良へ向かうことにした。 実家の背後の山の上には、大手電機メーカーの、たしか労組のものだったと記憶している保養所がある。最近になって、一般に開放するようになったらしい。母に言われるまま車を走らせて、奈良への道の前に立ち寄った。
奈良にて買い物。ほのぼのと元日が暮れていく。 いいことがありますように、とは思わない。来るか来ないかなんてあてにせず、自分が成長するほかない。この分かり切ったことを、今年はちょっと本気で考えて取り組んでいくつもりだ。
寒い冬の正月。新年に、心あらためられるのは、ひとえに北半球にいるおかげなのかもしれない。今が夏である南半球中緯度の地域は、なにも考えずにいるような賑やかな季節のなかにあるというわけだ。
あけましておめでとう。
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