Diario
日々の記録

 
 


2001.1111 日曜日
 

 昼、NHKののど自慢を見る。これ以上に平和な番組があるだろうか。戦乱の世の中には、この幸せを爆弾にして落としてはどうかと思う。

 昼も回ってもう時間が経ってしまったけれど、車を出そう。今が見頃の紅葉の山もあるだろう。国道20号を西に辿って、山梨に入った頃、次は北へと回り、秋川渓谷に沿ってまた東京へ帰る。そんなコースを走る。

 おそらく最も美しい山間の景観が見られるだろう場所は、すっかり夜で暗闇の中。そんななかで、用を足すために入ったレストランが結構素敵である。お茶を飲むのはつまらないと思われてスープを一杯だけ頼んでみる。きのこのスープの温度がしみる。昼間の晴天も、秋深い谷間の風を暖めてはくれなかった様子。
 


2001.1110 土曜日
 

 昨日の歯医者のショックか、昨晩からがっくりと何をやる気もしなかった。今朝もなかなか起きられず、昼を過ぎても食事をすませただけで何もしなかった。

 ぱらつく雨の中を、厚手のセーターとビニール傘を持って出かけた。冬のセーターはまだ早くてきっと汗をかくだろうと思っていたのに、湿気に冷えた大気の中でそれはちょうどいい暖かさだった。

 降りた駅前の書店に入って、紅葉をとりあげた雑誌を手に取った。数分もしたら、箱根に行こうとしばらく前に考えていたことがあったなと思いだしたので、本を置いて外に出た。

 傘立てを見た。数日前に買ったばかりの傘だったのだが、そこにはもうなかった。
 羽織っていたパーカーのフードを被って歩いた。同じ様な傘を持った人がたくさんいる。

 古本と中古CDを置いた店に入った。たまたま1本だけ傘立てにあった傘は、僕の傘と全く同じものだった。その持ち主が買い物を済ませて出ていった。すれ違いざまに、お互いの目が合った。普通の学生風の若者だった。
 しかし、あの傘はあるコンビニならどこでも置いているものなのだろう。彼を疑いきることはまるでできない。

 傘を失った落胆は、安物だっただけになかったが、道行く人達のことが皆怪しく思えてしまいそうだった。

 すっかり日が暮れて、雨も小降りだった。また僕は水たまりを踏んで歩き出した。厚手のセーターでよかった。今日は12月も中旬の寒さだという。
 


2001.1109 金曜日
 

 レストランのメニューで輪ゴムが出てきて、3本食べてギブアップ。そんな夢を見てえずいて起きた。おかげで午前中ずっと気分が悪い、ような気がした。我ながら、かなり滑稽。

 夕方、勤務の合間を見て、とはいっても予約してあったのだが、歯医者へ行った。先日前歯の小さな欠損をなおしてもらいに行ったら、小さな虫歯を見つけられたからだ。
 ところが、今日治療したのは、その虫歯ではなかった。それは今度やることにして、今日は昔から気になっていた詰め物の取り替えを。

 小学校にあがってだいぶ経った頃だったか、その頃になって最後に生えてくる奥歯というのは、もう少し大人にになるとさらに奥にもう1本生えてくるので、親不知を除くと奥から2番目の歯になる。この歯は生え替わらない。そんなことはないよと言われたことがあるが、専門家が書いた本に、そういう記述を見つけたことがある。ともかく、その歯が生え替わるものと信じて、1本だけできてしまった急性の虫歯(白い虫歯?)を痛くなるまで放置してしまった。中学の頃だ。
 横から開き始めた小さな穴は、ずんずんと奥へ行ってしまい、治療の時は上からぽっかり大きく削られてしまうほどだった。そこへ大きな詰め物をしたのだ。ある歯科医によれば、詰め物の寿命は10年程度と言うから、約20年もったのは十分と言うべきだろうか。しかし、1年ほど前、歯の方ががたついてきて詰め物の端で歯の方が小さく欠けてしまった。内部への浸食は、どんなに緻密な接着があっても避けにくいだろう。だから今回取り替えようということになったのだ。

 たかが虫歯に長々と書いたものだが、まともな虫歯は、いまのいままでこの1本しかなかった僕にとっては一大事なのだ。

 ドリルのようなグラインダー?で金属と内部を削った後を鏡で見た。歯は、見事にお椀のように内側を抉られてしまっていた。こんなものが役に立つのだろうか?これでもまだ神経に達していないらしい。もっとも、ぎりぎりだと先生は言った。麻酔のおかげか、思ったよりは痛くなかった。麻酔はかけたらしいけれど、あまり効いていないように思った。

 歯と目は、大事にしたい。一度悪くなってしまったら、元通りにはならないからだ。うまいものを思い切り食べ、見たいものをはっきり見る。僕にとって悦楽というもののほとんどは、この二つに占められているような気がしている。大切にしなくては。
 


2001.1108 木曜日
 

 今までどうしていたのか忘れたが、秋冬の服がほとんどない。ああ、一昨日、そんなことを書いたっけ。とにかく着回しするような余裕さえない。そういえば靴も仕事用は2足しかない。買わなければいけないけれど、それはそれで買い物が必要だから、これが面倒でいけない。

 数日前に修理に出した携帯電話が、帰ってきた。無料だった。まだ買って半年くらいの頃から着信音が鳴らなくなっていたのだ。きちんと直っていた。音が鳴らなかったのが長かったから、あんまり正常に動いて音も鳴るようになると、今度は慣れなくて困る。
 


2001.1107 水曜日
 

 夜、新宿へ出て食事する。副都心の超高層ビル街をビルの上から眺めると、どのビルもまるで日常から離れた大きさで、スケール感が失われてしまう。
 


2001.1106 火曜日
 

 ちょっと久しぶりに終電ぎりぎりまで働いてみた。
 


2001.1105 月曜日
 

 なぜか首や肩がとても凝っている。ほとんど筋肉痛だ。どうしてこうなってしまったのか分からない。

 帰宅の道はどしゃぶりに見舞われた。すでに大気は冷たい。冬の準備のある仕事用の服を、早めに買わなくては。

 遅い夕食。めしを炊き、喜々として食べる。
 


2001.1104 日曜日
 

 冷えるけれど、大変天気がよいいちにちだった。もったいない。ある大学の学祭に行ってみた。人出が多く、押し合いしながら学内を歩いた。チリのローカル料理などを食べる機会もあった。なつかしの「そぱ・い・ぴーじゃ」。小麦とカボチャを練った揚げ菓子だ。

 ラテンアメリカの研究会の手になる展示を訪れた。グァテマラの先住民運動指導者リゴベルタ・メンチュウを紹介していた。僕は恥ずかしながら、彼女の名さえ知らなかった。
 ごく最近まで公然と先住民を虐げてきた同国の状況を、筆舌では語り得ないほどの残酷で苛烈な弾圧の中で、力強く変革してきた指導者である。僕より10歳ほど年上なだけだった。彼女のたぐいまれな先住民運動に対して、コロンブスのアメリカ大陸到達から500年目の1992年、ノーベル平和賞が贈られている。
 ちからで体制を変えようとするよりも、人間そのものの変革を呼びかける彼女の姿勢と成果には感動すると共に、希望を感じる。NYタイムズに、ブッシュ大統領への呼びかけを掲載したが、戦いをやめよと諭す彼女には、勇気と正当性のようなものがあるように感じた。彼女は、本物の闘士なのだ。
 


2001.1103 土曜日
 

 文化の日であるそうだ。寝過ごして午後に起きて洗濯をしたら、雨が降ってきた。ざあざあとうっとうしい。

 車に乗って出かけた。東京の区部は「都内」といい、市部は「都下」と呼ぶことがあるそうだ。分かりにくい。
 都内は、幹線道も鉄道駅の駅前も、住宅地なども、たいてい市部とは様相が違っている。なにかぐっと密度が高くなっているのが分かる。
 


2001.1102 金曜日
 

 たんたんと、とくにせかされるでなく仕事を進めるオフィスは、ここ最近、どうだか静かな気がしている。
 ふとした拍子に顔を上げてオフィスを見回す。僕の席は、臨時に、といって、もうしばらくになるけれど課長席を使わせてもらっており、部内全体がよく見渡せる。この季節特有のなめらかで涼しい空気の中で、みんながそれぞれの思いで仕事をしているのが見える。

 若さとは、自分に熱中することだ。そして、もうたんに若くないのだと悟るときとは、ある部分で、自分に飽きたときなのだ。
 もうずいぶん前、こういうふうに思った。そしてもうずいぶんの間、そのとおりなのかなと思っている。前にもこんなことは書いたような気がする。
 今日は、そういうことがふらふらと頭から離れないでいるので書き留める。
 


2001.1101 木曜日
 

 良い天気だ。会社の前のケヤキの葉色が少し色づき始めている。雑用のようなルーチンワークに追われてここ数日が過ぎていっている。

 家に帰って、遅い夕食をとる。手製のジェノベーゼでパスタを食べたら力つきてしまい、冷える夜なのに布団にも入らず、朝方まで眠ってしまった。

 今日から11月なのか。早いなあ。どう考えても、日本では時間が早く過ぎていく。
 日々はこうして繰り返される。どんどんと。心せよ。
 


2001.1031 水曜日
 

 ノー残業デーだ。ちょっといいレストランで食事でもしてやろうかと思ったのだがやめた。
 


2001.1030 火曜日
 

 新宿へ出たのは午後。すぐ日が暮れてしまった。紀伊国屋で本を1冊だけ買った。実は靴とジャケットとパンツが欲しい。ゆっくりいいものを選んで買いたいのだが、家ははるか田舎だし、買い物はとても億劫な質だ。だから本を買って電車に乗り、会社へ戻る最中、もうすぐそこまで来ている冬が気になって仕方なかった。着る服がない。本は着れないし。
 


2001.1029 月曜日
 

 まさに季節の変わり目にいる思い。秋とは、日々冬へと向かう日々だ。が、なんのことはない、マフラーを首に巻く人やコートを着る人がある一方で、薄い長袖一枚の人もいるということだ。
 通勤のホームで周りを見ていておもしろかった。

 仕事がリズムに乗りにくい。漠然としたやり方はよくない。僕はまだひととおりのものを、ここで経験してはいないから余計だ。だが、これから少なくとも暫くはやっていくであろうことを思うと、あらためて外海へ出航していくような気持ちになり、どうも寄る辺がない。
 


2001.1028 日曜日
 

 冷たい雨が降っている。弱くなり、止んでしまう。しばらくすると、また降り出す。しかし、雨であることにかわりはない。

 西武線に乗る。初めてかも知れない。支線に入り、拝島に入る手前、鬱蒼たる木立の林を列車は抜けていく。静かな雨の日。そのひとときだけ、列車は映画の中を走った。

 八王子にて所用の後、自宅へ帰る。買い物など。小さな血圧計を買ってみる。昼間など、どうも低血圧としか思えないしんどい日があるから、どういうときに測定して確かめてみたかった。
 


2001.1027 土曜日
 

 雲一つない好天。鎌倉まで列車行。昨日帰ったばかりで疲れているが、チャンスはそう何度も訪れない。勇んで出かけた。

 江ノ電、鶴岡八幡宮、建長寺、円覚寺、大仏。京都や奈良に慣れた関西人には物足りないが、これらが美しい海岸に沿って展開しているというのは、やはり魅力的だ。
 江ノ島で夕日でも見ようかと思ったのに、もうすでに日が沈んだ頃、橋のたもとに立った。こんなところにもホームレスの人達がたくさんいて、橋の下に住んでいる。
 


2001.1026 金曜日
 

 早朝の便にてニュージーランド、オークランドを出発。オーストラリア、ブリスベーンで乗り換え。よい席で成田まで。素晴らしい。しかし、テロの影響か、乗客は大変少ない。心配なほどに。

 成田からバスで帰る。すぐに渋滞に捕まってしまった。いつもこんなふうなのか?先が長いので落胆。ところが回りの人々は当たり前のような顔をしている。首都圏の人間は、こんな渋滞など当たり前だと慣れてしまっているのだろう。少なからず驚いた。

 無事帰宅。おかげさまというなら、誰に言いたいだろう?とにかくおかげさまで。ありがたくも無事でした。
 


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