Diario
日々の記録

 
 
 


国立競技場 歓喜のチレーノ
km: 3−0、チリ、ブラジルに勝利の瞬間

南米にいることを実感した8月15日の夜


2000.0827 日曜日
曇り時々晴れ
 

 あれこれと用事をやっていたが、どれも中途半端。しかし、これでよい。
 ここ数日、すこしずつメールを書くようにしていた。しばらく返事などを書くことが滞っていたので。
 メールでは、割合しっかりした内容のものを手軽に頻繁にやりとりできる。だから、電話や手紙よりも人を緊密に連絡できるてだてだ。そういうふうに実感している。少し体裁が書簡に劣るが。

 何気なくかけた夜のラジオは、ずっとロマンティコばかりを流している。スペイン語で、延々と甘いことばが歌い上げられている。美しい響きだ。
 


2000.0826 土曜日
曇り
 

 日中は作業。成果出ず。やっぱり頭に資本がないと、アイデアも出ようがない。日頃いかに学習を怠り、鍛えていないかということだ。さらに思索をしていない。深化もない。
 問題意識があると言うことと、それに対する具体的なアクションや提案を持っている、あるいは実績があるというのでは、値打ちが全く違う。

 夕食はまた中華屋へ行ってみた。わりとまともだったが、それはチリとしては、という意味である。
 こう言っておいて何だが、最近どうにも自分の舌と判断の基準がおかしくなっている気がする。多少おかしなものは許容するようになってきているんじゃないか。
 その一方で、これは自信があるが、チリに来てワインのおいしさを知ったし、善し悪しや味わいの違いも多少分かるようになっている。これは、微妙なものを感じ分けることができるようになったというのではなくて、本当にうまいものに触れると、それは誰にでも分かるし、圧倒的な違いがあるんだということだ。

 春になった、春になったと先日来騒いでいるけれど、この数日ちょっと寒いチリ中部である。最低気温は3度くらいまで下がる。でも最高は15度くらいまで上がるんだけどね。
 


2000.0825 金曜日
晴れ時々曇り
 

 ばったりばたばたと作業をして、今現在の成果について、ボスのアロンソに要約を提出する。ほとんどほったらかしで、部局内でみんなが何をしているか、なにもうるさいことを言わない彼だが、たまに思いつきみたいにチェックをしてくる。

 夕方、仕事帰りに知り合いのおばさんがエンパナーダを作っているところに出くわした。しばし観察。今度最初から最後まで手伝わせてくれと頼んだ。おもしろいおもいつきだけど、言葉半分だなあと既に自分で思っている。
 


2000.0824 木曜日
晴れ時々曇り
 

 エルミニア婆さんのところで昼食。パステル・デ・チョクロがメインディッシュ。うまかった。
 夕食。同居しているマルセラが家に持って帰った、これもやはりエルミニア婆さんのパステル・デ・チョクロを僕にくれた。またうまかった。
 今日は幸せでした。ありがとう、パステル・デ・チョクロ。こんど写真でも載せます、パステル・デ・チョクロ。
 


2000.0823 水曜日
雲多し 陽は差す
 

 午前、ロス・カレオスという地区へ行く。ここは幾度か書いた貧しい乾燥地エル・ガレトンに近い、やはり砂漠のようなところ。しかし去年貯水池ができ、この水で灌漑をやり始めたところ、このプロジェクトが全国の優良な実施例として認められたということで、今日はその顕彰のお祝いがある。で、市長は当然ながら州知事や関係各局のお偉いさん方がお越しになる。地域のみんなもやって来る。そして、なんとリカルド・ラゴス大統領も駆けつけるのだというのだ。

 さてもかっこよくヘリコプターで到着した彼、現代チリの政治指導者らしく、とても弁舌爽やかで少しも偉ぶるところがなく、前評判通りの感じのいいおじさんだった。灌漑施設の倍増計画も約束して帰っていった。そうそう、僕にも握手してくれたな。

 灌漑貯水池は約50*100メートル。浅い穴を掘り、出た土でまわりを土手として囲って、貯水部分を黒いビニールシートで護った、巨大なビニールのプールだ。角に一カ所取水口があって、絶え間なく水が流れていく。
 僕の後、ノガレスには農業土木の隊員がやって来る。まさしく灌漑を行うためだ。こういう機会に、何か情報をまとめておいてやりたい。が、こうして現場に来ておいてほとんど取材もできなかった。つまり、農業土木の知識がないのだ。全く専門外のことって、本当に何も知らないものだ。しかたがないから、インダップ(国立の農業普及機関)の灌漑資料をもらってきた。

 まあ今日はめでたい日だ。チリの流儀では、こういうみんなの事業のお祝いは、なべてクエカ(民族音楽と言ってもいい)の音楽と踊りと、そしてワインとエンパナーダでなされるものであるらしい。(エンパナーダは、まあ、そういう名前の食べ物。オーブンで作る。)
 そよ風が透き通った溜め池にさざ波を立てる。いっしょに道ばたの春の花が揺れている。いつの間にか土漠の表面は、早春の明るい黄緑の草で覆われていて、頭上の広く明るい田舎の空には田舎の言葉が響いている。分かるだろうか?なにか、こう、いいものだ。
 


2000.0822 火曜日
曇り
 

 昨日の予定通りJICA事務所へ行き、書類を出す。

 事務所の近くに「える・むんど・でる・びの」というショールームがある。「ワインの世界」というか、あるいは「世界のワイン」と言った方がぴったり来るだろうか。そういうお店だ。大きなオフィスビルの一階を使った綺麗な場所で、前々から気になっていた。ちょっと冷やかして帰る。・・・それにしてもフランスのワインは高いな。イタリアのラベルデザインは、いいな。しかしチリだってなかなかのものだ。おお、シャルドネ。いつ見てもいい色だなあ。しかし、飲みたいのはこの赤だな。買えないから名前も覚えないけど。うまいんだろうなあ・・・。
 


2000.0821 月曜日
曇り ガスが出る
 

 JICA事務所へ行き、3号報告書と機材購入の申請書を提出する。3号は本来1年目に提出するべきもので、半年以上の遅れだ。
 機材購入については、僕の残された任期に対して東京の事務局が必要と判断するとは思いにくいが、出すだけだそうとしていた。調整員のS氏は、最近財布の紐がとてもきつくなっている事務局の事情に鑑みて、もう少し企画書等を練って理解を得ないといけないという。明日、もう一度出直すことにした。

 夕食は近在の高級中華料理店へ。近く赴任する隊員の仲間達や、馴染みのみんなで。チリ人向けなのか、ちょっと味付けが濃いが、この国ではまあまあだろう。内装は申し分ないゴージャスさだった。話し声が、気が付けばひそひそ声になっている。

 日中のサンティアゴは、どんよりとしたガスにうっすら覆われていた。少し冷えた。
 ノガレスの桃は、ほぼ八分がた散ってしまったけれど、サンティアゴのはこれからという木が割合多かった。木の種類が違っているのだろう、この都会の桃は、枝振りが華奢で街路樹としても優しい姿をしている。ノガレスのはほとんど桜のようにどっしりとして、花も大振りだ。
 


2000.0820 日曜日
薄曇り
 

 午前外出の後、午後若干の作業。夕食は先日韓国食材店で手に入れた日本の納豆などで。いわゆる粗食が好きだ。
 


2000.0819 土曜日
雲多し
 
 

パトロナトの韓国屋さん

 サンティアゴの中央少し北寄りを勢いよく流れるマポチョ川。これを北へ渡り、レコレータ通りを少し行けば、そこはパトロナトと呼ばれる繊維街。韓国やアラブ系の商人達が多い地区だ。ここの韓国食材店や韓国料理店は、日系企業駐在員など日本人にとってとても大切な存在になっている。お店の主人達もほかのチリの店とは違い、愛想が良くてほっとする。パラグアイなんかも、日本人の間でこうしたお店が人気のようだった。
 この界隈には、僕の知る限り韓国料理店が2店、食材店が2店ある。言い忘れたが、食材店には日本の食材も生ものを除いてたくさんある。ただしちょっと高い。
 若干買い物して、料理店でビビンパ、焼き肉少々を食べる。本場ではどうだか知らないが、付け出しの各種キムチが無料で何皿も並ぶのがいい。
 


2000.0818 金曜日
大体晴れ
 

 大変暑いサンティアゴに来ている。夏になったみたいだ。半袖の人も結構いる。

 午後、再検査になってしまった尿検査のため、クリニックへ。前日酒を飲んでしまったのがいけなかったのだろうか?
 のち、先日買ったズボンの受け取りに行く。寸法直しである。が、さんざん待たされたあげく、お客様申し訳ありません、紛失してしまいましたとのこと。ああ、さすがチリだ、などと思いたくないが、そう思って納得してしまう。しかたないので、新品の代品を寸法直しなしで受け取った。

 昨日揃えた書類や定期報告書を持ってJICA事務所へ行きたいところだったのだが、こうしてあれこれやっているうち、連絡所で印刷しているうちに時間は過ぎてしまい夜になった。あれ?ということは来週ですか?
 


2000.0817 木曜日
曇りのち晴れ
 

 市役所からやっと受け取った機材購入関係の書類がある。JICAからの隊員活動支援経費で、デジカメやスキャナーを購入するためのものだ。これを和訳する。それでいちにち暮れてしまった。スペイン語の業務文書は、書き出しの挨拶からして簡潔で好きだ。

 スキャナーは日本でも大変便利な道具だ。ただ、デジカメはこちらではとても有用である。フィルムを使い、写真をあげるのに現像とプリントを必要とするタイプのカメラでは、極端に厳しい市役所の財政なので、しょっちゅう現場での撮影をすることは難しい。はっきり言ってほとんど写真をとっていないのが現状と言ってもいい。こうしたなかでデジカメは初期投資さえすればほとんどただに近いコストで画像を記録していけるのだ。

 こうした例は、途上国ではよく見られるようだ。つまりデジタル化とかITがコストを下げ効率をアップすることで、これまでできなかったことができるようになるという例。

  • 費用のかかる銀塩カメラ→デジタルカメラ
  • 業務連絡や財政関係の情報のやりとり→インターネット
  • 電話線の設置→携帯電話で無線化
  • 広報のための外注→パソコンで自前作製
等々。

 いろいろな例をあげて研究したり紹介すると、いい仕事になるかも知れない。実際、途上国向けの市場開拓は関係企業でも重要な分野で、いろいろな工夫がなされているはずだ。なにしろ情報技術分野はインフラの整備があまりいらない場合が多く、つまり導入が楽だ。例えば道路、水道、下水道等、また教育、公衆衛生なんかは、事前の準備に莫大な手間がかかる。その手間やコストは圧縮できても省略は難しい。情報技術分野なら、その省略ができる。
 儲かるのは先進諸国の企業だが、経費を削減するという方向で消費側も得はしている。いいことだろう。

 ただし、もとの話に戻ると、僕の任期は残り短く、予算が下りるかどうかは大変微妙だ。

 オカモトさんからの郵便物が届く。市長に約束した酒などの品々、そして仲間達へのもの。企画局のみんなは、興味津々といったところ。来週飲もう、食べようということになった。
 お金がかかることではあるけれど、こうして具体的な物品や手紙と言ったものは、本当にいいものだ。気持ちがちゃんと伝わるから。ありがたい。
 


2000.0816 水曜日
曇り
 

 LA RED IBEROAMERICANA(cooperacion iberoamericana、イベロアメリカ協力機構(?))の一部署であるCYTED (シテッドciencia y tecnologia para el desarrollo、開発のための科学・技術分科会)によるコンクルソ、つまりコンクールというかコンペティションがある。イベロアメリカ(中南米とスペインのスペイン語圏諸国)内の住環境、とくに貧困者向けのものにかんして、なんでもいいからプロジェクトを紹介したり他の例に学んで普及を促したりという目的で行われるもので、実施された例からコンセプト段階の研究にいたるまで、あるいは住宅の設計から都市計画的な法体系の提案まで、実にありとあらゆる角度からの応募が期待されている。
 5月12日にチリ大学のハラモト先生の研究所へ伺った折り、パンフレットを頂いていた。即席ではあるが、要は交流が大事であろうと、このコンクルソに僕も応募、参加してみた。この間修正を終えたつもりの貧困者住宅「ビビエンダ・プログレシーバ」である。
 中途半端のそしりをまぬかれない、そんな内容ではあろうが、とにかく参加である。
 9月には審査が行われる。結果、どんな取り組みが紹介されるのか、大変楽しみだ。が、それを直接生かすための時間というものは、12月の帰国まで、もうほとんど残されてはいない。しかし、人間の関心事というものは、だからといって放り出したりはできないものだ。
 


2000.0815 火曜日
曇り
 
 

ワールドカップ予選 チリ・ブラジル戦

 午後起きてすぐ市役所へ。マルセロと待ち合わせ。2時半には貸し切りの大型バスが来て、みんなを乗せる。ノガレスから国立競技場へ!チリ対ブラジルのサッカーの試合が、夜9時から始まるのだ。
 みんなチリのユニフォームを着たり、顔にペインティングしたり、あるいは旗を持ってきたりで、盛り上がる準備がしっかりできている。行く道中も音楽をかけ、旗を窓からたなびかせる。すれ違う車、追い抜く車、みんなが手を振りクラクションを鳴らして応える。いい感じだ。
 ちなみに昨日手に入れてもらったチケットと往復のバス代全部で9千ペソ。約1700円。八方手を尽くして手に入れ、コーディネートしたものだ。安い座席である。

 サンティアゴ南方にある国立競技場、スペイン語で言うとエスタディオ・ナシオナルは、マルセロによると7万人を収容するという。5時前に到着。ぞろぞろとスタンドが埋まっていく。その間、歌を歌い、シュプレヒコールが起こり、ウェーブが何周も回る。ブラジルの応援団が到着したり、何かやるとなると、どよめくほどのブーイングの口笛がなる。ヤジの歌というのもあって、「ブラジル野郎はオカマだ!」などという歌詞でみんな肩を組んでジャンプジャンプ。

 応援のため、ヤジのために幾種類もの歌や掛け声があって、休む間もなく合唱されていた。
 

ばもす!
ばもす ちれーの!
えすた のーちぇ てねもす け がなーる

行くぞ!
行くぞ!チリよ
今夜、僕らは勝たなくてはならない


 さて、長い長い待ち時間を経て登場した選手達。ブラジルはいつものように鮮やかな黄色と青のユニフォーム。チリは赤。
 ブラジルの選手はみんな驚くほどに大きい。たぶん平均身長は185センチを超えているだろう。チリのほうは小さいわけではないが、ブラジルとは違う。プレーぶりも、ブラジルの選手は段違いに動きが華麗というか、エリートだなあという印象を受ける。
 しかしともかくチリの選手達は必死だった。気迫でブラジルを圧倒していたように思う。僕はサッカーのことは全然分からないけれど、勇猛果敢で、ほとんど獣の如く球を追っていた。それは全く感動的でさえあった。

 さあ結果。前半に2点、後半に1点をだめ押しして、なんと世界最強と言ってもいいあのブラジルに圧勝してしまった。ゴールが決まるたび、サンティアゴじゅうが歓声に包まれていた。ブラジルの生彩を欠くプレーの隙を付いて、主将のバンバンことイワン・サモラノ達は実によく動いて終始ボールを支配していたと言ってもいい。

 これでチリは南米からのワールドカップ出場枠に入る可能性を強めた。これからコロンビアやアルゼンチンと対戦するので、なんとかしっかり勝って出場権を手に入れて欲しい。いや、手に入れなくてはならない。

 イタリア広場をはじめ、チリの中心部では夜遅くまで勝利を祝う騒ぎが続いた。

 日本でチリを応援しにワールドカップの試合を見に行くこと。これが目下の僕の夢だ。がんばれ!エキポ・チレーノ!(チリチーム)

応援団
km: ノガレスからの応援団



2000.0814 月曜日
曇りのち晴れ
 

 なんだか風邪気味。
 明日は祝日のチリ。そしてなんと国立競技場でチリ・ブラジル戦があるのだ。だから、一部の職員は仕事どころではない。僕も風邪どころではない。ガラッパチで元気のいい財務課のマルセロはサッカー部の監督だそうで、お前も行くか?と声をかけてくれた。仕事があるんだけどなあ・・・などともじもじ言っていても仕方ない。ここはチリだ!

「じゃー、ばも!ばも!(よっしゃ、いこいこ!)」

 ということで、行ってきます。南米に来たなあと初めて実感するような気がする。
 


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