Diary
日々の記録

 
  

2000.0123 日曜日
晴れ
 

 昨日、良くなったと思ったら、次は下痢がひどい。ジュースや水を飲み過ぎたのかな?全く、幼児じゃないんだから、頼むぞ。もうめんどくさい。出るだけでやがれ。俺は食うぞ。飲むぞ、もう。

 じっとしてても胃腸がだらける。まだぽーっとした頭のまま、散歩。
 真夏の、休日の昼下がり。日本とは違って、暑くても十分過ごしやすいから、木陰に出てきて休んでいるひとがちらほら。クーラーなんてものはほとんどないので、風の通るこんなちょっとした場所のほうが快適だもの。
 でも、ほかのみんなはどこへ行ってしまったのかな?ほんとうに静かだ。歳をくったら、こんな午後の流れ方を愛するようになると思う。
 


2000.0122 土曜日
晴れ
 

 今日から調子が良くなった。もう大丈夫。
 散歩しつつ、買ったばかりのカメラを持って、無駄な写真を撮って歩く。公園で遊ぶ人達を写真に納め、ときには声を掛けてみる。若い子なら話し込むこともある。

 妙に喉が乾く。フルーツジュースばかり、よく飲んだ。
 


2000.0121 金曜日
晴れ
 

 夏風邪引いたかな?いちにち、寝ていた。余りに暇になってしまい、日記をまとめ書きする。まだ暇だったので、開高健と一緒に借りてきた、灰谷健次郎の「太陽の子」を読む。
 灰谷作品としてどうこうは言えない。ただ、ぎりぎりの線で少しわざとらしい感じがした。けれど、そう感じてしまってはいても、扱っているテーマの切実さや書き手の真剣さには読ませる力があった。

 あいつは、元気にしているだろうか?よくなったろうか?こころを病んでしまうときとは、どんなふうに訪れるものなのだろうか?
 主人公ふうちゃんのお父さんは、救われるのか?治るのか?気になって、途中で終わりを読んでしまった。そこには、問題の根の深さだけが示されているような気がした。あいつが、もう何の心配も要らなくなるときは、いつなのか?

 また、手紙を書こう。
 まるで手紙を書くために、ここへ来たみたいだ。
 


2000.0120 木曜日
晴れ
 

 今日からの3日間は、ほとんどの隊員が参加する保養旅行なのだが、どうも熱が下がらず参加を見送った。読書でもしていよう。早速開高健の芥川賞作品という「裸の王様」などを読む。

 午後、たまっていた日記を書いた。その日のうちに書かないとおもしろくないのだけどなあ。

 家族宛に小包を送った。これには近くに住む友人Mやその彼女、また父親のお気に入りの近所のちびちゃん達へのプレゼントも含まれている。手紙だって、それぞれに書いてやった。

 みのべさん達への荷物はまだ届いていないという。去年の12月29日に発送した航空便がまだ付かないとはおかしい。通常10日くらいで届くと言う。年末年始を考慮しても不信がのこる。

 家族宛の小包は3キロはあって、つまり2キロを超えている。これはノガレスの田舎の郵便局では扱えないので、サンティアゴから送ったのだが、その箱には製品名などが入っていてはいけないことになっている。というか、普通、どこかから不要になった、例えば食料品の梱包用の段ボール箱をもらって、それに入れて郵便するものだと思うのだけど、チリではこういう箱を使うとき、紙で包むなどして一切の文字を見えなくしなくてはならないそうだ。
 みのべさん達への荷物は、こういう処理をするよう言われなかったので、そのまま送ったが、これが原因で、どこかでストップしているのかも知れない。
 途上国では郵便が安全とも正確とも言えないし、郵送途中で紛失することも珍しくない。チリはその点、結構しっかりしていると言われていたけれど、どうも信用できなくなってきたな。前にも手紙が届かなかったことがあるし。
 遅れてもいい。どうか、ちゃんとみんな、届いてくれますように。僕のささやかな楽しみでもあるんだから。
 


2000.0119 水曜日
晴れ
 

 午前、この間の土曜日に当たりを付けておいたカメラの店で、ペンタックスのMZ-50を買う。少し値切った現金価格で179,000ペソ。大体36,000円である。35-80 (F4-5.6)の純正レンズが付いてこの値段だから、きっと日本で買うより安いんじゃないか?できればプレビュー機能があったほうが良かったが、ま、僕が使うのには十分だ。また、ペンタックスなら、もう1本持っている70-210のレンズを使えるのも良かった。
 チリでは、一眼レフはニコンとキャノンがまず一番で、ついでミノルタを見かける。ペンタはあまり見ない。いずれも高級機はほとんど陳列されているのをみたことがない。しかし、実は最も多く見かけるのは、ソ連製(ロシア製?)のZENITというメーカーのものだ。見るからに無骨なマニュアルカメラである。4万ペソ台から、レンズ付きで売られているのには驚く。ほか、日本のYashica、日本製と書いてあるけど聞いたことがないVivitarなどがある。

 午後からJICA事務所にて隊員総会。次いで所長講話。

 午前中から腹部に違和感があったのだが、所長講話が始まったらだんだんほんとに調子が悪くなってきた。どうも微熱があるようだ。風邪でも引いたかな?このあとの安全対策会議と懇親会は、大事をとって欠席する。残念だ。なにしろおでんなんかが出たというから。
 


2000.0118 火曜日
晴れ
 

 今週いっぱいは健康診断や隊員総会、また保養旅行で、任地へ帰る必要はないので、ゆっくりする。で、今日はとりたてて何もすることがない。

 今日もCDを買う。

  • Peralta Chichi: "pa' otro lao'" (ペラルタ・チッチ:向こうのほうへ) これもサルサ?、ドミニカ
  • Inti-Illimani: "Amar de Nuevo" (インティ・イジマーニ:愛をもう一度) 町場のフォルクローレ、チリ
  • Illapu: "De Libertad y Amor" (イジャプー:自由と愛について) アンディーナという、結構伝統的なフォルクローレ、チリ
 イジャプーは、アントファガスタでホームステイしたナイトウ家からテープをもらったことがある。軍政時代はパリへ亡命して活動していたという、英雄的なグループだ。

 2年ほど前の民放のドラマ「青い鳥」を見る。主人公には豊川悦治と夏川結衣が扮している。トヨエツは、黙って気むずかしい顔をしてるだけで演技できてしまう、若い癖していい役者だし、なにより夏川結衣は、デビュー以来僕の好きな女優なのだ。このドラマの存在自体、チリへ来て人に聞くまで知らなかったが、僕があんまり見たい見たいというものだから、同期隊員が友達に送ってもらってくれた。なので、大変幸せな気分で鑑賞したのである。

 きれいきれいにまとまらず、それはちょっと・・・とか、やっぱりそうしちゃうのね、という方面に流れ進んでいくので、筋はともかく、飽きずに楽しめた。ドラマはNHKの数回だけの短めの連続物が、質が高いようで好きだ。しかし、このドラマは民放(TBS)にしては丁寧に、一生懸命、しかも地味に作ってあって好感が持てた。
 


2000.0117 月曜日
晴れ
 

 午前、サンティアゴのアラウコ・クリニックにて健康診断。検尿、検便、胸部レントゲン、採血、身長や体重、視力の測定、触診、問診。明日と明後日までを日程とする。全隊員を対象に年2回行う、その1回。

 昼食は突然、ハイアットホテルのイタリアンレストランで。調整員のS氏が、僕を含む平成10年度2次隊に、任期1周年を祝う意味を込めてご馳走して下さった。十分うまいが、しかしバリエーションに欠けるチリ料理には少々飽きている僕らには、選り取り緑のエントラーダ(オードブル)が、たまらなく嬉しかった。
 ハイアットのレストランといっても、チリ価格。料理だけなら一通りのコースで1万ペソを切る位だそうだ。つまり2千円しない。普通の店ならこの半分である。

 午後3時から、土木・建築系隊員分科会の定例会を国際協力事業団サンティアゴ事務所の会議室にて行う。
 技術用語と隊員個人所有の専門書籍リストの印刷版を配布する。

 定例会のメインは、これで第3回となる土木・建築サロン。U専門家によるレクチャー「チリの道路、橋梁について」。彼は日本道路公団からの出向で来ているプロの技術協力者で、こちらでは建設省にあたる公共事業省に勤務している。レクチャーではパワーポイントを用いて、実例や現状の画像をふんだんに紹介して下さった。このレクチャーは、任期を間もなく満了して帰国する前のレポートそのものでもある。
 道路や橋梁の、特に維持管理に関する技術のアドバイスがU氏の仕事で、そのためチリ全土8000に及ぶ橋の状況を管理する台帳を初めて作ったりしている。
 彼曰く、品質を保証するための法整備が遅れている上、その基準を守らせるための行政側の意欲や能力が欠落している。また、いちいちの仕事についてずさんさが目立つとのこと。官庁内で孤軍奮闘する彼が受ける困難は、いちいち僕らにも共通して首肯させるような、そんなエピソードに満ちていた。

 今回の定例会には、先日14日に行ったアルウェの公共事業課長でサンティアゴ大学の先生であるラミレスさんも、ゲストとして加わって下さった。彼はスケジュールの都合で途中退席せねばならなかったが、今後、大学と僕らの分科会のコラボレーションによる何らかの会合や、またサロン向けにチリ全土の伝統建築にかんするレクチャーを行いたい旨言い残していった。ここの人にしては非常に珍しく、約束の時間よりずいぶん前に来てくれる人でもあり、今後楽しい展開が期待されそうだ。

 夕刻より、みんなで中華料理屋へ移動し、反省会。大変楽しい食事、酒だった。

 阪神・淡路大震災から5年。まだ5年しか経っていないように思う。天災は本当に恐ろしい。地球が生きている以上、地震の起こりうるところに住んでいれば地震に遭うのは、半ば道理というものだとチリの友人は言った。その通りだ。人間は、そんな簡単な道理を日常無視して生きているということが多い。
 亡くなられた方々の冥福を祈り、未だ困難を引きずる人のことを思うなら、僕は今の立場で何ができるだろうか?
 


2000.0116 日曜日
晴れ
 

 日中、あきれるくらいにごろごろと寝ていた。
 明日の分科会の定例会合用に、書類を準備する。

 おっと、今日はチリ大統領選挙の第2ラウンド。前回過半数をとれなかったので、トップ2人による決選投票だ。
 先日と同じように、即日開票された。外でクラクションが騒がしくなったと思ったら、どうやら次期大統領が決まったらしい。結局右派連合の元ラス・コンデス市長で、ピノチェトの経済顧問もやったというホアキン・ラビン・インファンテは落選し、中道左派連合のリカルド・ラゴス・エスコバルに決まった。彼の方は2代前のエイルウィン大統領の時から閣僚を歴任してきた人間だ。今後、イギリスからの帰国が噂されるピノチェト元将軍で元大統領、現終身上院議員をどう扱うかが注目される。

 どうにも理解できないが、3割くらいの車はラゴスの旗を振り、クラクションを鳴らしまくって街を練っている。夜中まで。支持者にしては、みんな熱狂的すぎる。僕には、何かにことかけて騒ぎたがっているだけの群集心理にしか思えず、なんだか不気味だ。
 確認していないが、ひょっとしたら軍政下で民主化を勝ち取った際、エイルウィン達がとった方法を思い出しているのかも知れない。自由な言論も集会もできなかった当時、人々はあらかじめ計画していた時間になると、手に手にフライパンを叩いたりして音を出し、民主化勢力の連帯を確かめ合ったというのだが。これは、とても美しいエピソードだ。
 


2000.0115 土曜日
晴れ
 

 そろそろバカシオネス(バケーション)の季節とあって、その準備をしていかねば。サンティアゴのセントロを歩く。盗難に遭って失ったカメラを買う、その当たりをつける。
 さすがに日本の大都市のように、大きな写真用品の店はない。どこも現像とプリントの片手間にカメラも売っていますという程度だ。土曜の午後はセントロと言えど、ほとんどの店が閉まってしまうので、こちらの人間がよくしているように、シャッターや硝子越しのウィンドウショッピングになる。

 チリで最も大きなCD販売のチェーンである、Feria del Disco(ふぇりあ・でる・でぃすこ、レコード市の意)に入って、適当に一枚買った。日本でも人気があるはずの(そう思っているのだが)、リッキー・マーティンの最新版。アルバムタイトルもリッキー・マーティン。ヒロミ・ゴーの「あっちっち・・・」でお馴染みの「Livin' La Vida Loca」も入っている。
 プエルトリコ出身の彼の作品は、英語のものもスペイン語のものもある。歌詞が英語バージョンとスペイン語バージョンでは少し違うのがおもしろい。以下、間違いも下手さもあるが、あえて忍んで書いてみる。日本でも流行ってるはずのこの曲。
 
 
She's All I Ever Had

Here I am
Broken wings
Quiet thought
Unspoken dreams
Here I am
Alone again
And I need her now
To hold my hand

She's all, she's all I ever had
She's the air breathe
She's all, she's all I ever had

It's the way she makes me feel
It's the only thing thatォs real
It's the way she understands
She's my lover, sheォs my friend

And when I look into her eyes
It's the way I feel inside
Like the man I want to be
She's all I'll ever need


(英語)

ここにいるんだ
傷ついた翼で
なんにも考えちゃいない
語られぬ夢のこと
ここにいるんだ
またひとりさ
そしてあの子が欲しい
この手で包みたい

彼女は全て、全てなんだ
息づくかぜなんだ
彼女は全て、全てなんだ

それは僕に気付かせてくれる方法
それは、ただひとつの本当
あの子が分かってくれているやり方
あの子は恋人で、あの子は友だち

あの子の瞳を覗けば
僕がどんな男になりたいのか
僕はそれに気付く
僕はきっといつか、あの子が必要になる


 

Bella

Mirame
Por favor
Aqui estoy
Con mi dolor

Ella dio
Un paso atras
Un adios
Y no queda mas

Bella, bella al amanecer
[ Solo para mi ]
Bella, belleza de mujer

Ella todo me lo dio
Desde alma hasta la piel
Fue mi verso a mi papel
Fue mi amiga y fue mi amor

Conocia mi interior
Como bola de cristal
Me alejode todo mal
Me dio su corazon
(アクセント記号等、省略)


 

(スペイン語)

見つめて欲しい
どうか
ここにいるんだ
傷みと一緒に

あの子は
一歩下がって
さよならを言った
それ以上何も言わず

綺麗だ、夜明けには
[ぼくにだけ]
綺麗だ、きみは

あの子は全てをくれた
魂から、肌まで
僕という紙片の一節の詩だった
僕の友達で、そして大切なひとだった

僕の心を読んだ
水晶の玉みたいに
僕を災いから遠ざけ
愛をくれた


2000.0114 金曜日
晴れ
 

 午後からアルウェに出かける。首都圏州の中央付近、なだらかな山間の盆地にある人口4000人の集落。田舎だ。ここの役所にも協力隊のシホコさんとトナセさんがいる。シホコさんは村落開発普及員。トナセさんは体育隊員。ほか、診療所では保健婦のモモコさんがいる。こんな小村に日本人が3人もいっぺんに入ったのだから、村の人達は最初びっくりしたことだろう。

 そのアルウェの体育館の視察に、第4州、イジャペルの建築隊員ノリヒコさんとともに訪れた。雨漏り等の傷みがひどくなってきたから、改修の方針の決定のため、仲間として何か手伝おうというわけだ。

 フアン・ルイス・ラミレスさんは、公共事業課長。週末の勤務以外は、普段サンティアゴ大学の建築の先生。今回の改修の中心として動いてもらえるように話がついた。今後も日本の建築をする人達と交流を続けたいとのこと。来週の土木・建築系隊員分科会の定例会合に誘った。

 アルウェは、ノガレスのように中心部を主要幹線道路がとおっているという訳ではないから、その人口の少なさと相まって実に静かなところだった。
 サンティアゴからバスで1時間と少しの、郡政庁のあるメリピジャからはバスか路線タクシーで行く。2時間弱の距離。最初路線タクシーの待合いに並んだが、僕以外に客が来ないからあきらめて、1日数本しかでないバスに乗った。路線タクシーは満員にならないと発車してくれないからだ。

 夜、サンティアゴ帰着。アルウェには、また改めて遊びに行こうと決めた。
 


2000.0113 木曜日
晴れ
 

 Ojos que no ven, corazon no siente.
 目は見ず、心は知らず。と訳せばいいのか?多分「知らぬが仏」と言う意味じゃないか?チリで使われる諺のひとつだという。
 役所の仲間によると、浮気してたって分からないよ。知らぬが仏じゃん!てな風に使っていた。

 この土地の男女のつき合い、その深さにはいくつかの段階というものがある。
 大きく分けると3つと言えると思っている。細かく言うと4つか5つになるそうだが。
 最初はandarとかpincharという動詞で表される。デートしたりキスしたりまではこれだそうだ。遊びの延長くらいの意識しかない。
 次にpololearという動詞で表される段階。ま、日本で言うところのまじめな男女のつき合いかな。男はpololo(ぽろろ)、女はpolola(ぽろら)。彼氏、彼女。恋人である。
 さらに進んで、結婚の約束をすれば男はnovio(のびお)、女はnovia(のびあ)となる。結婚を前提とした恋人だ。

 ちょっと日本と違うのは、ポロロやポロラであっても、二股三股は実際のところ当たり前みたいに言われているところかな?ただ、そんな人は、また実際知らないのだけれど。つまり、ノビオ、ノビアにならなければ、男も女も自由、束縛されないということか。多少異論はあるだろうが、まあこんなところらしい。

 夜、明日の所用のためサンティアゴに出る。仲間と飲茶。台湾人の経営するというお店だ。うまかった。
 


2000.0112 水曜日
晴れ
 

 アレハンドラ・ガライ・メナ。カトリック大学バルパライソ校の建築の学生。22歳。今日からひと月、うちの部局で実習をすることになった。大抵の学科は卒業前に一定期間の実習をすることになっているが、これは、それとは別に任意の勉強ということだそうだ。
 アレハンドラは細身ですらりとした、雑誌のグラビアから抜け出たみたいな子で、濃い褐色の髪と、これも濃い褐色の綺麗で大きな目をしている。健康なチリ娘らしく、小麦色の肌だ。スペイン風の面立ちだけど、まだ少し少女みたいでもある。早熟な子が多いこの土地では珍しい。
 住宅計画の各種模型の製作を中心に、僕と一緒に働くことになった。ということで、僕は大変嬉しい。今日はクラウディアも入れて、彼女の仕事の段取りを決める。
 


2000.0111 火曜日
晴れ
 

 市役所新庁舎の計画が夢としてあるとはいえ、とにかくうちの役所はスペースが足りないのだそうで、公共事業課のスペースを拡張することになっていた。その設計の清書をする。計画自体はベルナルドがやっている。僕は製図するだけ。まあ、たまにはこんな仕事もやるべきだ。いい格好をしてはいけない。

 夜、ネットのニュースでピノチェト元大統領がイギリスから釈放されるという記事を見た。今週末は去年の末の選挙で決着しなかったので、決選投票がある。今の時期のピノチェト釈放は、ヨーロッパかアメリカか、どこかの政治的な効果を狙ったもののように感じてならない。社民党で保守のラゴスを、欧米は応援しているらしいと聞いているから。しかし、援助してもまだ足りなさそうなくらい、改革右派のラビンには勢いがある。極右と言えるピノチェトの釈放は、チリの国民に右派の支持を思いとどまらせる方向へ働かないか。

 先月で看護婦のインターン達がいなくなったので、パウラと二人暮らしだった。昨日また新しい仲間が我が家へやって来た。体育教師のオクタビオだ。彼は来月一杯までしかいないという。そりゃまた短いな。子供達と働くとのこと。満足に時間をとって話せなかった。いいやつそうではある。そんな若者だった。
 


2000.0110 月曜日
晴れ
 

 ここ1週間位で、本当に暑くなってきたと思う。夜は涼しくなることもあるが、以前のように上着がないと居られないというほどではなくなった。去年2月から、ここノガレスに住むようになったのだけれど、その頃は、ここまで暑くはなかった。

 手紙やメールを書きたい。ちょっと溜め込んでいる。
 結局年賀状は作っていない。まあいいか。おいおい、手紙を書けばいいんだ。

 そういや、今日は日本じゃ成人の日で休みじゃないか。
 



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