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Diary
日々の記録 2000.0123 日曜日
昨日、良くなったと思ったら、次は下痢がひどい。ジュースや水を飲み過ぎたのかな?全く、幼児じゃないんだから、頼むぞ。もうめんどくさい。出るだけでやがれ。俺は食うぞ。飲むぞ、もう。 じっとしてても胃腸がだらける。まだぽーっとした頭のまま、散歩。
2000.0122 土曜日
今日から調子が良くなった。もう大丈夫。
妙に喉が乾く。フルーツジュースばかり、よく飲んだ。
2000.0121 金曜日
夏風邪引いたかな?いちにち、寝ていた。余りに暇になってしまい、日記をまとめ書きする。まだ暇だったので、開高健と一緒に借りてきた、灰谷健次郎の「太陽の子」を読む。
あいつは、元気にしているだろうか?よくなったろうか?こころを病んでしまうときとは、どんなふうに訪れるものなのだろうか?
また、手紙を書こう。
2000.0120 木曜日
今日からの3日間は、ほとんどの隊員が参加する保養旅行なのだが、どうも熱が下がらず参加を見送った。読書でもしていよう。早速開高健の芥川賞作品という「裸の王様」などを読む。 午後、たまっていた日記を書いた。その日のうちに書かないとおもしろくないのだけどなあ。 家族宛に小包を送った。これには近くに住む友人Mやその彼女、また父親のお気に入りの近所のちびちゃん達へのプレゼントも含まれている。手紙だって、それぞれに書いてやった。 みのべさん達への荷物はまだ届いていないという。去年の12月29日に発送した航空便がまだ付かないとはおかしい。通常10日くらいで届くと言う。年末年始を考慮しても不信がのこる。 家族宛の小包は3キロはあって、つまり2キロを超えている。これはノガレスの田舎の郵便局では扱えないので、サンティアゴから送ったのだが、その箱には製品名などが入っていてはいけないことになっている。というか、普通、どこかから不要になった、例えば食料品の梱包用の段ボール箱をもらって、それに入れて郵便するものだと思うのだけど、チリではこういう箱を使うとき、紙で包むなどして一切の文字を見えなくしなくてはならないそうだ。
2000.0119 水曜日
午前、この間の土曜日に当たりを付けておいたカメラの店で、ペンタックスのMZ-50を買う。少し値切った現金価格で179,000ペソ。大体36,000円である。35-80
(F4-5.6)の純正レンズが付いてこの値段だから、きっと日本で買うより安いんじゃないか?できればプレビュー機能があったほうが良かったが、ま、僕が使うのには十分だ。また、ペンタックスなら、もう1本持っている70-210のレンズを使えるのも良かった。
午後からJICA事務所にて隊員総会。次いで所長講話。 午前中から腹部に違和感があったのだが、所長講話が始まったらだんだんほんとに調子が悪くなってきた。どうも微熱があるようだ。風邪でも引いたかな?このあとの安全対策会議と懇親会は、大事をとって欠席する。残念だ。なにしろおでんなんかが出たというから。
2000.0118 火曜日
今週いっぱいは健康診断や隊員総会、また保養旅行で、任地へ帰る必要はないので、ゆっくりする。で、今日はとりたてて何もすることがない。 今日もCDを買う。
2年ほど前の民放のドラマ「青い鳥」を見る。主人公には豊川悦治と夏川結衣が扮している。トヨエツは、黙って気むずかしい顔をしてるだけで演技できてしまう、若い癖していい役者だし、なにより夏川結衣は、デビュー以来僕の好きな女優なのだ。このドラマの存在自体、チリへ来て人に聞くまで知らなかったが、僕があんまり見たい見たいというものだから、同期隊員が友達に送ってもらってくれた。なので、大変幸せな気分で鑑賞したのである。 きれいきれいにまとまらず、それはちょっと・・・とか、やっぱりそうしちゃうのね、という方面に流れ進んでいくので、筋はともかく、飽きずに楽しめた。ドラマはNHKの数回だけの短めの連続物が、質が高いようで好きだ。しかし、このドラマは民放(TBS)にしては丁寧に、一生懸命、しかも地味に作ってあって好感が持てた。
2000.0117 月曜日
午前、サンティアゴのアラウコ・クリニックにて健康診断。検尿、検便、胸部レントゲン、採血、身長や体重、視力の測定、触診、問診。明日と明後日までを日程とする。全隊員を対象に年2回行う、その1回。 昼食は突然、ハイアットホテルのイタリアンレストランで。調整員のS氏が、僕を含む平成10年度2次隊に、任期1周年を祝う意味を込めてご馳走して下さった。十分うまいが、しかしバリエーションに欠けるチリ料理には少々飽きている僕らには、選り取り緑のエントラーダ(オードブル)が、たまらなく嬉しかった。
午後3時から、土木・建築系隊員分科会の定例会を国際協力事業団サンティアゴ事務所の会議室にて行う。
定例会のメインは、これで第3回となる土木・建築サロン。U専門家によるレクチャー「チリの道路、橋梁について」。彼は日本道路公団からの出向で来ているプロの技術協力者で、こちらでは建設省にあたる公共事業省に勤務している。レクチャーではパワーポイントを用いて、実例や現状の画像をふんだんに紹介して下さった。このレクチャーは、任期を間もなく満了して帰国する前のレポートそのものでもある。
今回の定例会には、先日14日に行ったアルウェの公共事業課長でサンティアゴ大学の先生であるラミレスさんも、ゲストとして加わって下さった。彼はスケジュールの都合で途中退席せねばならなかったが、今後、大学と僕らの分科会のコラボレーションによる何らかの会合や、またサロン向けにチリ全土の伝統建築にかんするレクチャーを行いたい旨言い残していった。ここの人にしては非常に珍しく、約束の時間よりずいぶん前に来てくれる人でもあり、今後楽しい展開が期待されそうだ。 夕刻より、みんなで中華料理屋へ移動し、反省会。大変楽しい食事、酒だった。 阪神・淡路大震災から5年。まだ5年しか経っていないように思う。天災は本当に恐ろしい。地球が生きている以上、地震の起こりうるところに住んでいれば地震に遭うのは、半ば道理というものだとチリの友人は言った。その通りだ。人間は、そんな簡単な道理を日常無視して生きているということが多い。
2000.0116 日曜日
日中、あきれるくらいにごろごろと寝ていた。
おっと、今日はチリ大統領選挙の第2ラウンド。前回過半数をとれなかったので、トップ2人による決選投票だ。
どうにも理解できないが、3割くらいの車はラゴスの旗を振り、クラクションを鳴らしまくって街を練っている。夜中まで。支持者にしては、みんな熱狂的すぎる。僕には、何かにことかけて騒ぎたがっているだけの群集心理にしか思えず、なんだか不気味だ。
2000.0115 土曜日
そろそろバカシオネス(バケーション)の季節とあって、その準備をしていかねば。サンティアゴのセントロを歩く。盗難に遭って失ったカメラを買う、その当たりをつける。
チリで最も大きなCD販売のチェーンである、Feria del Disco(ふぇりあ・でる・でぃすこ、レコード市の意)に入って、適当に一枚買った。日本でも人気があるはずの(そう思っているのだが)、リッキー・マーティンの最新版。アルバムタイトルもリッキー・マーティン。ヒロミ・ゴーの「あっちっち・・・」でお馴染みの「Livin'
La Vida Loca」も入っている。
2000.0114 金曜日
午後からアルウェに出かける。首都圏州の中央付近、なだらかな山間の盆地にある人口4000人の集落。田舎だ。ここの役所にも協力隊のシホコさんとトナセさんがいる。シホコさんは村落開発普及員。トナセさんは体育隊員。ほか、診療所では保健婦のモモコさんがいる。こんな小村に日本人が3人もいっぺんに入ったのだから、村の人達は最初びっくりしたことだろう。 そのアルウェの体育館の視察に、第4州、イジャペルの建築隊員ノリヒコさんとともに訪れた。雨漏り等の傷みがひどくなってきたから、改修の方針の決定のため、仲間として何か手伝おうというわけだ。 フアン・ルイス・ラミレスさんは、公共事業課長。週末の勤務以外は、普段サンティアゴ大学の建築の先生。今回の改修の中心として動いてもらえるように話がついた。今後も日本の建築をする人達と交流を続けたいとのこと。来週の土木・建築系隊員分科会の定例会合に誘った。 アルウェは、ノガレスのように中心部を主要幹線道路がとおっているという訳ではないから、その人口の少なさと相まって実に静かなところだった。
夜、サンティアゴ帰着。アルウェには、また改めて遊びに行こうと決めた。
2000.0113 木曜日
Ojos que no ven, corazon no siente.
この土地の男女のつき合い、その深さにはいくつかの段階というものがある。
ちょっと日本と違うのは、ポロロやポロラであっても、二股三股は実際のところ当たり前みたいに言われているところかな?ただ、そんな人は、また実際知らないのだけれど。つまり、ノビオ、ノビアにならなければ、男も女も自由、束縛されないということか。多少異論はあるだろうが、まあこんなところらしい。 夜、明日の所用のためサンティアゴに出る。仲間と飲茶。台湾人の経営するというお店だ。うまかった。
2000.0112 水曜日
アレハンドラ・ガライ・メナ。カトリック大学バルパライソ校の建築の学生。22歳。今日からひと月、うちの部局で実習をすることになった。大抵の学科は卒業前に一定期間の実習をすることになっているが、これは、それとは別に任意の勉強ということだそうだ。
2000.0111 火曜日
市役所新庁舎の計画が夢としてあるとはいえ、とにかくうちの役所はスペースが足りないのだそうで、公共事業課のスペースを拡張することになっていた。その設計の清書をする。計画自体はベルナルドがやっている。僕は製図するだけ。まあ、たまにはこんな仕事もやるべきだ。いい格好をしてはいけない。 夜、ネットのニュースでピノチェト元大統領がイギリスから釈放されるという記事を見た。今週末は去年の末の選挙で決着しなかったので、決選投票がある。今の時期のピノチェト釈放は、ヨーロッパかアメリカか、どこかの政治的な効果を狙ったもののように感じてならない。社民党で保守のラゴスを、欧米は応援しているらしいと聞いているから。しかし、援助してもまだ足りなさそうなくらい、改革右派のラビンには勢いがある。極右と言えるピノチェトの釈放は、チリの国民に右派の支持を思いとどまらせる方向へ働かないか。 先月で看護婦のインターン達がいなくなったので、パウラと二人暮らしだった。昨日また新しい仲間が我が家へやって来た。体育教師のオクタビオだ。彼は来月一杯までしかいないという。そりゃまた短いな。子供達と働くとのこと。満足に時間をとって話せなかった。いいやつそうではある。そんな若者だった。
2000.0110 月曜日
ここ1週間位で、本当に暑くなってきたと思う。夜は涼しくなることもあるが、以前のように上着がないと居られないというほどではなくなった。去年2月から、ここノガレスに住むようになったのだけれど、その頃は、ここまで暑くはなかった。 手紙やメールを書きたい。ちょっと溜め込んでいる。
そういや、今日は日本じゃ成人の日で休みじゃないか。
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