Diary
    日々の記録



     
     



     
    km: 見つめ合う


    990314 日曜日
    晴れ
     

     正午起床。

     昨晩は、技術専門員(協力隊とは違うプログラム)方の調整員のTさんを囲んで酒盛り。企業での中国体験やら、在外政府機関のローカルスタッフとしての中南米体験など、アクの強い、面白い話。

     同期の仲間と出かける。途中、ジュキの家に立ち寄る。サンティアゴでも、最も瀟洒な中心街にあり、買い物も公園への散歩にもいいところ。協力隊員とは思えない生活ぶりを想像してしまう。

     「地球の歩き方」をたよりにサン・クリストバルの丘に登る。ワイン博物館があるというのだが、その「歩き方」の地図が間違っていて、結局全部歩いて登るはめになってしまった。頭上にはロープウェイが動いている。
     件の博物館はエル・カミーノ・レアルという大きなレストランの地下にある。無料。そうたいした事はない。
     歩いて分かったけれど、この丘は全体が良く整備された公園になっている。博物館附近の芝生でアイスを食べながら、馬に乗った警官達を眺めたり、工芸品の売り場を除いたりして遊ぶ。

     ロープウェイで下界へ降りてアルト・ラス・コンデスという大きなショッピング・モールへ行く。日本食があると聞いて。けれど発見できず。

     連絡所へ戻り、ボリビアやアルゼンチンの日系社会青年ボランティアの人たちと食事する。日系・・も協力隊と同じJICAのプログラムだ。アルゼンチンやブラジルには協力隊はいないが、彼等はいる。

     寝る前に、連絡所のデスクトップのMacに向かい、日誌を書きながら、桜井さんの職場でのできごとについて聞く。そろそろいろんな出来事が起こってくる頃だと思う。

     遅いから泊まって帰ることにした。
     



     

    990313 土曜日
    晴れ
     

     昼前に起きる。雨だ。ほとんど土砂降り。チリへ来てから、初めての雨。
     昼に桜井さんと彼女の職場へ。ペドロ・アギレ・セルダ国立リハビリテーションセンター。

     彼女の同僚の言語療法士ロドリゴと理学療法士のカルメンの家へ昼食に呼ばれている。彼等は2人の子持ちの夫婦。桜井さんの職場まで車で迎えに来てくれた。

     セントロの中央市場へ買い出しに出る。人ひとヒト。昔の鉄道駅を利用したように見えるのだが、展示施設であったらしい。ともかくそこへ、ありとあらゆる食料品がならべられている。第三世界な雰囲気がいっぱい、なんていったら怒られるか。大きいので歩き甲斐もある。こんな楽しい所があったのか。

     ロドリゴとカルメンの家へ。彼女達はパステル・デ・チョクロを、僕らは餃子を作った。日本のポピュラーな食べ物で、チリのヒトにも受けるものって、他には何があるだろう?

     食後、サンティアゴ南東部から周辺の山の中へドライブに連れて行ってくれた。2時間位は走ったと思う。アンデスの山々が夕日に輝いている。マイポ川の上流では、さすがに水は澄んでいた。都市部では何の加減か、赤味がかったコーヒー色になる。カヌーで遊ぶのにちょうどいい瀬が連続しているところもあった。サン・ホセ・デ・マイポという集落を中心としたこのあたりの道は、なんだか信州に似ている。
     しかしまあ、なんとこの夫婦、なんといい人たちなのだろう。これだけのホスピタリティを備えた日本人を、そう多くは知らない。
     



     

    990312 金曜日
    晴れ
     

     午前中はカルメンとガレトンへ行く。ホーストレッキングのキャンプ場の整備は、頂上とふもとの2ケ所となる。今日はふもとのキャンプサイトをどう使うかについて検討する。近在の農家でいつも馬の手配やガイドをしてくれるダニエルの一家とは、もう顔馴染みとなった。
     体育館の仕事は来週の中頃まとめることにして、午後はだらだら。

     終業後、サンティアゴへ出る。バスの窓からみちみち見る風景を、今日はじっくり観察する。電化を想定して架線整備を途中まで進めたまま、もう古びてしまった鉄道の電柱。西部劇にでも出てきそうな砂漠のなかの小さな集落。どことなくもの寂しく、貧しい。そうしていくつかの低い山並を越えた広い平野に出て、バスはサンティアゴにたどり着く。
     



     

    990311 木曜日
    朝のうちもや、のち晴れ
     

     午前はマキシモとメロン地区の体育館の建設予定地へ行く。O'higgins complejo deportivo 「オヒギンス・グラウンド」位の意味か。今はコンクリートの露天の多目的コートが2面と更衣・シャワー室・便所の建物があるだけ。今回は実測をする。

     後は終日体育館のスタディ。今回の工事ではまず屋根だけが掛かって、段階的に壁やらスタンド席が付いて行くように予算が下りてくるとのこと。予算は非常に限られてくる。州政府と市で半分ずつ。1,500万ペソを出し合う。日本円で1,000万に満たない。日本的な予算感覚なら、絶対に出来ない額だ。
     ありがちでシンプルに徹するのが、ローコストの鉄則だけれど、なんとかチャーミングなものを作りたい。この、ことごとく掘建て小屋のような、がさつで貧しい建築状況に抗いたい。

     マキシモに代理で電話をしてもらった所では、僕のパワーブックは今月25日にアップル・チリから戻ってくるとのこと。早くしてくれ。

     夜、千春さんの家の図面描き。

     日誌を描きながら毎度同じような事を思う。会社勤めは4年と少ししかしなかった。それも建築家のアトリエだったから、世間的なサラリーマンとは世界が違った。フリーで過ごした1年半。そして今。さらに特殊な生活だ。
     楽しいかどうかはともかく、退屈はしなかったし、これから暫くはしないだろう。けれど、僕は世間で言うようなごく普通の生活体験に欠けている。日常的なものとしてたくさんの人が感じ、過ごしているものに、僕の経験は貧しい、と思う。
     



     

    990310 水曜日
    晴れ
     

     昨日は、チリへ来て初めて感じた「悶々」に翻弄されたが、甲斐あって打ち合わせはうまくいった。彼も理解してくれた。また、僕の案を評価もしてくれた。非常に晴れやかだ。企画設計の段階だけど、とにかく僕が案をまとめる事になった。

     細部の仕様やら材料について、マキシモと話し合い、夕方にはAutoCadを彼に教わった。Mini Cadなら使えるんだけど、チリではほぼすべてのCADはAuto Cadで占められているようなので、この際覚えようと思う。
     ちなみにマキシモの愛称はナッチョである。35歳位だろうか。公務員の副業は禁止されていないか、よくあることのようで、建築事務所もやっている。彼は実に simpatico。実直で温和ないい男だ。

     所用でごっちゃんの家に行ったら、オンセ(軽い夕食)を頂いた。
     そろそろいろんな人に手紙を出さなければ、と思う。
     



     

    990309 火曜日
    晴れ
     

    勝負だ!

     メロン地区に新しく建設する体育館について、ペルナルド、マキシモと話す。ベルナルドは市役所では唯一の法的に認められた資格を持つ建築家だ。マキシモは資格を持っていない。このプロジェクトの設計側のリーダーはベルナルドになる。
     ところがこのベルナルド、調子のいい男なのだけれど、僕が言葉がまだ出来ないので、からかって来る。大切な打ち合わせだと思って真剣にやりたい僕には、愚ろうにしか思えず不愉快このうえない。けれど怒ってしまったり、いい返せば更に事態は悪くなる。明日も打ち合わせる約束だけは取った。

     家に帰ってからスペイン語の文章を書く。僕の心づもりや、ベルナルドとの関係について。つまり、責任ある立場の君に対して、僕は助手となり助言者となり、手足となって真面目に働いて行くつもりだし、予算が無くとも公共の建物は、ひとつだってつまらないものは作りたくはないと。その上で、このプロジェクトについて確認したい事を列記し、更に僕の今現在のイメージの草案を作った。これでもまだバカにするはずはないと思うところまで。
     これは大切な勝負みたいなものだ。この機会を大切にしたい。
     



     

    990308 月曜日
    晴れ
     

     土曜の疲れがまだ残っている。寒さがこたえたか。

     教会修復の件では、正式に技術支援依頼の書類を作り、サンティアゴへ送った。日本の技術顧問へ届いた後、質問に答えたり、資料となる書籍などを送ってくれるはずだ。協力隊には、すでに国の文化財の修復をやってきた実例が結構あるので、なんらかの参考事例は期待できるだろう。

     夜、カレラに出た。
     



     

    990307 日曜日
    晴れ
     

     遅く起きる。ジュキ、桜井さんと共にビーニャ・デル・マルへ。もっと北の町は海が綺麗なのだそうだが、バスの便が分らず止めた。

     この日曜日はバカシオネスが終わったのか、閉めている店が多い。画材店で、葉書になるスケッチブックを探すが無い。

     バーのテラスで昼食。海岸を歩く。大きな波だ。ときどきジプシーのおばちゃん達に金をせびられる。恵まないと不幸があるよ、等と言うので、なんだか気分が悪い。チリにもジプシーっているのか。いつだったか、ジプシーの人たちによる自分の民族への誤解を解き、地位向上を目指す団体があって、ホームページも持っているという新聞記事を読んだけど、ほんと、彼等ってどんな民族なのか。ただ、ジプシーの名を語っても、本物かどうか分からないから、偽物かも知れない。

     花時計の所で写真を撮って帰る。彼女達もサンティアゴへ戻っていった。

     家に戻って、久しぶりに訓練所時代からの写真を見、選んで壁に貼ってみた。いまや懐かしい。みんなどうしているだろう。まだメールを使えないので、ひとづてにしか噂は聞いていない人たち。
     



     

    990306 土曜日
    霧雨、曇り
     

     サンティアゴから帰ってきたごっちゃんと、ジュキ、桜井さんが家に来る。10時集合でうちの市役所へ。ガレトン地区へ向かう。今日は僕らと、市役所関係の友人達でホース・トレッキングだ。これを観光開発に結び付けたい市役所当局としては、今日は一つのテストケースでもある。ちょっとPRには弱いけど。

     出発は正午になってしまった。ごっちゃんは馬は素人。ジュキと桜井さんは経験があるけど、こんな本格的な山道を登るコースは初めてだ。おどろき、喜んでいる。

     結構涼しい。天気が良ければ、結構熱くなるガレトンなのだが、今日は寒いくらい。頂上近くでは霧が出てきて、かなり寒くなる。10度は切っているだろう。

     4時昼食。たき火を囲んで。暖まりながら、楽しく過ごす。

     出発する頃には雨になった。霧雨にしてはかなり濡れてきた。寒さでみんな無口になる。雨具は僕の忠告を守ったジュキだけしか持ってきていない。僕にしてもあろう事か忘れてしまった。干ばつのチリで、運が悪い。

     出発点に戻ったら8時になった。ガイドのダニエルの家の出発点へ戻ったら8時。お茶とエンパナーダを頂いていると日が暮れた。電気、水道、ガス。いずれも無いこの家では、日暮れの後は闇が来る。ローソクの赤い光のもとで、暖かい下界に降りられて嬉しそうな顔が並んでいる。

     疲労困ぱいなのだが、これで終わらない。11時に松原さんの家にアサードに呼ばれている。バーベキューだ。出発が遅れたせいで、開始がずれ込んだ。こんなはずではなかったと思っているけど、寒さで女性陣は特に疲れてしまったようだ。いつもは酒とお喋りの好きな桜井さんでさえ黙りこくっている。
     メロン地区の辺域の彼の家は電気さえ始めは無かったと言う。家も知人達で一緒に手作りで建てたそうだ。花の種を生産して出荷する会社の代表として、30そこそこの日系青年は頑張っている。ノガレスには、他に日本人も日系人も住んでいなかったと思うので孤独じゃないかと思うが、パイオニア精神の旺盛な彼にはなんて事はなさそう。独身だから、目下花嫁募集中か。
     大の日本好きで、お茶も頂けた。このノガレスのこと、南米の日系人社会のことなどの話を聞く。この出合いを大切にしたいと思う。

     ジュキ、桜井さんはうちに泊まった。
     



     

    990305 金曜日
    晴れ
     

     午前、隊員報告書1号の準備をする。これは事務局に対して赴任3ヶ月目に提出が義務付けられているものだ。配属先の規模や状況、任国の事情について、割合自由な形式で報告する事が出来る。
     また、メロンの教会の修復の件について、技術顧問の先生方への技術的な質問の書類を首都のJICA事務所へ送る。

     午後、隊員報告書1号の草稿を書き始める。これも日記調にしてやろうかと思う。いくらか読みやすいかも知れないし。僕なら協力隊の報告書には、資料的な価値よりもその人の生々しい体験を求めたいから。

     8時過ぎまで残って、千春さんの家の図面を描く。
     こちらの図面はCADでなければ製図ペンを使ったインキングで描かれるのが普通なので、僕の手書きの早描きの図面では見劣りしないだろうか。ボランティアではこれが限界だ。

     カレラへ、明日のホース・トレッキングの為のランチを買いに行く。鳥のアサード、つまり丸焼き。あとはトマトなど。

     夜、家でペペロンチーノでビールを飲みながら、来週草々あるメロン地区の体育館の計画の為に、イメージを練る。予めなんらかの話題の材料を用意する事が、前向きな話題の発展につながるからだ。同時に、語学的なコミュニケーション能力に劣る僕には、最初からこうしなければイニシアチブはとれない。

     普段パソコンの上で、下書きから書いてしまうこの日誌も、久しぶりに紙の上へインクで書くと、とても新鮮だ。本来、個人的な内容の文章なら、こんなふうに手で書いた方がいいのかも知れない。肉声がそれぞれユニークなものであるように、書き言葉も個々の癖のある文字で書かれる事は、独立した価値があるように思われる。

     最近になって、若干ながらここでの生活に慣れてきた。訓練所入所以来の変化ばかりの生活が、今ようやく落ち着こうとしている。新しい経験なり、楽しい思いなりの連続もいいけれど、生活には落ち着いたものを持っていたいと思う。
     一方これからは、用意されたレールは「協力隊員」という身分だけで、生活の流れは作って行かねばならない。先の見えない茫漠とした不安に対して、絶える事のない緊張感が、落ち着いた心の背景にはある。任期を終えてからの事が最も大きな不安材料であって、今の生活に対しては予めある「任期」の枠のおかげでそれほどの不安はないのだが。

     その先にだけ、自分の方向づけを支える何かがあると思うから。
     去年の5月24日には、最後にこう書いたものだ。全く今の僕は、微風の中の凧に過ぎない。焦りとも不安とも、希望とも、寂しさとも言える、ないまぜで中途半端な心が、こんなふうに忙殺から解放されつつある時には、いや応なく意識されてくる。けれど、これは僕の外にあるべき何かが不足しているせいではない。自身の能力的な向上や内面的な成長だけが、昇華を保証している。
     



     

    990304 木曜日
    晴れ
     

     多少ましになったが、まだノミが噛んだ所が痒い。朝方、痒くて起きる。

     最近は、朝家を出る時はセーターを着るようになった。秋が近い。日本が春分の頃秋分だ。祝日では無い。

     プロパンガスが切れた。朝食のお茶が飲めず。ボンベは1本4800ペソ。

     昼過ぎまで市の概況報告を読む。住宅事情に関する項目を中心に、しっかりと。
     先日市役所で会った松原さんが来る。今度アサードでもしませんか?とのこと。アルゼンチン出身の日系二世の彼は、メロン地区の周辺地域に住んで花の種を作っている。こっちへ移住して、事業を始めてからまだ2年。日本語は、ほぼ完璧だった。

     昼下がり、ガレトンへ行く。アニタ、カルメンと一緒に。彼女達は、僕に対して実によく気を配ってくれる。この土曜日の2度目のホース・トレッキングの為の、馬の接渉。

     夜、ごっちゃんと一緒にカタリナの家へ行く。今日は兄のトンも一緒。これは愛称だ。本名はなんだったっけ?彼はビーニャの美術学校で学ぶグラフィック・デザイナーの学生だが、高校時代には大阪の松原へ1年間留学していた。大阪弁が分るチリ人なのだ。
     家族のみんなと、心尽くしのパステル・デ・チョクロなどを頂く。
     



     

    990303 水曜日
    晴れ
     

     今朝も冷えた。較日気温差は20度くらいありそうだ。日本は雛祭が終わった頃か。たしか親の結婚記念日だったような気がする。

     午前、ノガレス東部のペーニャ地区へ。修復計画のあるもう一つの教会、Capilla Pen~a カピージャ・ペーニャを視察。

     ペーニャ地区は面積も広く、乾燥しているノガレスには珍しい水の豊かなところ。高い木々の根元には雑草がうっそうと茂っている。通りに面して点々と建っている家々は、そのなかに埋もれるように佇んでいる。畑の土も黒く、いつでも豊穣な実りが約束されているように思える。映画「となりのトトロ」に出てくる村のようだ。ただ、そんな農業の盛んな地区の生活基盤の整備水準は低い。道路の舗装率はゼロで、電化はされているものの、公共水道の供給はどうかは家によって異なると思われる。井戸が枯れる事はなさそうなので生活には困らないだろうが・・・・。当然下水道は無い。将来的に都市化される恐れがなく、水害が起きなければそれでよいかも知れない。
     のんびりした暮らしぶりの内情はわからない。BHNはそこそこ満足できるのではないか。この30年の政府の方針はほぼ達成され、教育や医療をはじめとする公共のサービスは、量的には満足できる水準に近付いているという。

     教会はそんな部落の中にひっそりと建っていた。1890年頃の建立という。こじんまりしたチャペルだが、美しい。優れた建築だと思う。日干レンガで出来ているとは思えない。後日測量を含め、しっかりと調査したい。ともかくこの建築の修復に携わる事ができて光栄だ。

      今回、全景撮影は見送った。

     今日の所見。
     構造面の補強の必要は特に感じなかった。外装の仕上げはこの20年位で化粧直しをしたようで、大きな亀裂は見られない。内部からも同様である。今は薄汚れた灰色の古いチャペルというだけ。
     小屋組は長方形平面に急勾配の木造の小屋組を架けている。シンプルに空中を飛ぶ梁の構成が美しい。
     個人的にはこのペーニャのチャペルの方が、メロンの教会よりも好きだ。

     午後、メロン地区へ。別の仕事。
     マルチパーパスのコンクリートのコートが2面あるので、今度ここを体育館化するという。オヒギンス複合運動公園という。ご多分にもれず、薄汚れている。お金は無いけど、せめてスッキリした所にしたい。

     終業後、千春さんの家の図面を書く。ドラフターがメンテが悪く、使いにくい。

     夜、ごっちゃんの家へ。昨日はアサード(バーベキュー)をしたので誘いに来たとのこと。パンとお茶を頂く。

     今日もノミに噛まれた所が痒い。薬がきれて無くなったらどうしよう。
     



     

    990302 火曜日
    晴れ
     

     朝、息が白い。10度を切っていると思う。

     終日、市の概況分析報告を読む。

     この1週間、ノミに噛まれて痒くてたまらない。30ケ所以上はやられた。我慢できないくらいに痒い。眠れないくらいだ。協力隊でくれた携行常備薬のバッグにはキンカンが2本も入っているが、納得だ。チリでさえこれだもの。他の熱帯の国ではどんなだろう?

     ちなみに蠅も多い。食事中もぶんぶん飛んでいるし、どこにでも無遠慮にとまる。日本の遠慮がちな蠅にはマナーがあったが。それで僕など確信しているんだけれど、アフリカで顔にとまった蠅を平気そうにして追い払わない人の映像がよく見られるが、あれは蠅が日本と違って格段に図々しいから、払っても無駄なのだと思う。きっとノミも同じなのだ。日本では犬や猫だけで人間はくわないのに、こっちは何だってくうのだ。土地が変われば虫だって変わるということだ。人間だけじゃない。

     町の文具屋でトレーシングペーパーを買う。ロールは売っていない。なんで?

     アニタによると、昨日の夜、ごっちゃんが2回も来たという。何だろう?心配。
     



     

    990301 月曜日
    曇り 一時晴れ
     

     今日もほとんど一日曇っていた。

     メロン地区の教会の修復に関する報告書を一応完成させて、あとは住民参加による交通計画に関する本を読んで過ごす。

     夜、千春さんと友人の婦人達に会いにカレラへ出る。千春さんは会話程度なら知らない単語はなさそうだ。僕には皆目分らない。

     千春さんの家へ行く。増築の設計の為に実測。家の人の話では、僕には法的なサインをする能力はないので、代わりに市役所の人にしてもらえるようになったという。実質、僕の設計を承認してもらえるのだ。
     仮設ではなく、実作としては、これが初めての作品となる。予算がないからごく普通の、何でもない増築だけど。
     報酬についての話は全くない。こちらでは公務員の副業は禁止されているのかどうか知らないけど、やってる人はいる。僕はお金をもらうつもりは毛頭ないが、何の話も無く、オンセ、つまり軽い夕食だけというのもねえ。
     帰宅11時半。
     



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