Diary
日々の記録
 
 
 
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 km : mi habitacion
 
981208 火曜日
曇り
 

 少々散らかしたまま、出発する。朝一番で残りの船便の荷物を発送した。全部でなんと段ボール10個口!何かしていて、ちょっと参考までに読みたい1行があるなら、そのために1冊をもっていくのは僕にとって全くやぶさかでない。しかし、JICAのチリ事務所の人に笑われるだろうなあ。無事着きますように。

 手荷物もかなり重い。背負えたもんじゃない。ノートパソコンとカメラしか入ってないのになあ。

 この数日分を新幹線のなかで一気に書く。背中は痛いし、異常に眠い。これからのフライトの事を思うと寝たほうがいいのだが、俺も日記書き中毒なのか?バッテリーがアップまで持つか心配。

 以下、予定。
午後4時 東京シティエアターミナルでチェックイン
午後7時 成田発 アメリカン・エアラインで
12時間後 ダラス、フォートワース空港着
さらに5時間後 中途半端な休憩時間。さらにチリへ飛ぶ。
そのあと10時間 チリ、サンティアゴ空港着

27時間の泊まり無し?ぞっとするぞ。

 期待で胸膨らむとか、そんなのは全然ない。むしろ、自分の方向付けが、ひとつだけでも出来てきた安堵感でいっぱいだ。それより眠いかなあ、いまは・・・。謝辞でも言ったけど、そよ風に加わるんだから、きばらんでもええのよ。楽しむべし、楽しむべし・・・・

 メールを頂いているのに返事が出来ていない人がいる。気になっている。あのう、着いたらすぐ返事します。うわのそらさんなどには、チリからデジタル回線の「秘密のつながり」で送ろうと思ってます。

 さあ、次からはチリ日記。行って来ます!

追補:数日分スケッチ程度の文です。悪しからず。

いってらっしゃい、の意です。押したってや。
ありがとうございます。
 



 

981207 月曜日
降ったり止んだり
 

 今日も荷造り日記。出来たぶんだけ送る。20キロでひとつ1万円弱。

 カードの口座へのお金の移動、専用保険への加入をする。現金はとりあえずUS$400。あとT/CでUS$1000。青年海外協力隊事務局からは3月分までの費用は全て振り込まれている。4月以降現地では、ニューヨークの個人口座へ送金されたものを、小切手その他の方法で引き出すことになる。

 夕食はうどんすきと上握り。両親の愛よ。

 さすがに眠くなり、8時に就寝。でも2時に起きて残りの荷造りをした。
 
 



 

981206 日曜日
概ね晴れていたと思う
 

 クロネコさんの集荷が遅いので、親父に頼んで出る。5時半に待ち合わせをずらしてもらい、心斎橋でウオーキングシューズと、写真の現像に必要な道具や薬品を買い入れる。白黒現像は訓練所でK君に教わったので、経費節減の為にがんばってみることにした。おおげさでも、新しいことを始めるのって楽しいし。

 難波のロケット広場でMW、Nと、M先生と待ち合わせ、飲む。今日も飲む。おかげで3キロ増えた体重が全然戻らない。訓練開始前にも壮行会を持ってくれた彼等。たかだか2年だが、義理堅いと言うか何と言うか。ありがとう。

 帰宅。今日も寝ずの荷造りをする。今度は船便用。2〜3ヶ月後についても困らないものを。いまさら、何をしてるんだ俺は。郵便で確実に着くチリ。しかし、使用できる箱の大きさや荷物の重さには制限があって、調整が大変。荷物抱えて体重計に乗ったり降りたり。腰痛し。
 
 



 

981205 土曜日

 

 明日集荷してもらう手荷物を作る。飛行機には3つまで荷物を預けられる。スーツケース1つと大形のキャリーバッグ1つでゆく。送るとかなり高くつくから、しんどくてもなんとかなるだろう式でゆくことにする。

 夜8時。大学の時の友人のYから電話。珍しいとおもったら、結婚の報告だった。飲もうかと言うお誘い。悪い。いけない。
 10分後、Mと会う。車で来ている。今日はFさんも一緒。友だちならみんな思ってるだろう。このふたりならお似合いだと。でも、こうしてふたりでいるのを見るのは初めてなのだ。お披露目みたいなものか。俺が帰国するのは2年後、あるいは延長して3年後かも知れない。もしも結婚するなら是非祝ってやりたい彼等なのだが、間に合うだろうか?多分無理やろうな。祝電くらいは打つで。ひとしきり喋って、餞別のCDを貰う。U2のライブベストと、最近のフィル・コリンズのベスト。真面目に作ってあって、意外なくらいいいなと思う。シック。ありがとう。

 9時半、Kの家で皆と落ち合い、近くの居酒屋で飲む。名前を伏せても意味がない彼等だから、ええと、参加者はKこと金谷、それから若松、太田、岡崎弟。二次会はカラオケ。岡崎兄も来る。Mもそうなのだが、みんな中学・高校と吹奏楽やら何やらを共にやった仲間だ。若松は結婚するので、彼の前祝いみたいな集まりだ。

 夜2時帰宅。寝ないで荷造り。
 
 



 

981204 金曜日
曇り
 

 昼前に起床。門真運転免許試験場へ、免許の期限前更新へ。
 講習が結構長いのだ。一般講習。優良者は短い。
 段ボールを貰ってくる。おもちゃ屋。
 夕刻、梅田へ出る。ハイキングシューズを買い損ねる。
 旭屋で、語学の本と専門書を買う。
 ここでYと待ち合わせる。飲み、食べ、語り合う。彼も青年海外協力隊員。彼女とは結婚を考えている。二年後、別れてなかったら、飯をおごることになった。賭けだ。飯をおごって、お祝までとられたらどうしようか?
 遅く帰宅。荷造りは、まだ!
 
 



 

981203 木曜日
曇り時々雨
 

 午後、大東市へ表敬訪問。
 担当者はKさん。熊本出身の中学校の教師だった。今は、市の生涯学習課の職員だ。若い頃は僻地教育に燃えていたと言い、作家の名を教えてくれた。
 市長はかなりのおじいさん。革新系。
 教育長にも会う。どちらも雑談だ。
 奨励金1万円也を頂く。ほくほく。
 転出届。
 国民年金の任意加入について。
 
 



 

981202 水曜日
曇り
 

 昼に起きる。ああ。免許の更新できず。

 車でスーツケースを買いに行く。貴重品入れだ。
 近所のイズミヤの方が、旅行用品のディスカウントよりも安い。塩辛を買う。
 松屋町で凧やらコマを買う。
 日本橋でトランス、プラグ、マニュアルを買う。
 帰宅後、昨日忘れた自転車をとりに行く。夢千代を連れて。近所の古書店の斜陽館で本を買ってしまう。坂口尚は無いかと尋ねたら、あの作家の本は高いよ。みんな大事にするから出ないのよ。さっき来てた客のお坊さんはみんな持ってる。東京の佐藤と言う名の古書店を当たりなさい。あるいは元の掲載本を買うのも手だよ。
 どうしていい店じゃないか。

日曜日、高校の連れと飲む。
土曜は、近所の友人達と飲む。
金曜は、来春の訓練候補生のYと飲む。
何時、準備するの?金、ねーぞ。
 
 



 

981201 火曜日
晴れ
 

 ふたつ隣の鴻池新田駅でAさんと待ち合わせて、大阪府庁へ。Aさんは、獅子座流星群を一緒に見た女性。たまたま近所だったので。
 ばたばたと出て来たので何も食べていないふたり。ボンベイカレーとやらをかき込んで、府庁の集合場所へ。今や懐かしい訓練所の仲間達がいる。

 大使、副知事との表敬。

 大阪城公園を抜けて森ノ宮へ。

 サクラのビル内の「大阪府国際交流センター?」へ表敬。立食パーティーの壮行会?母が来る。

 2次会とばかり、梅田の紀ノ国屋書店前に集合。関西のメンバーが集まる。

 3次会はDDハウスのカラオケ屋。
 鮨詰めの車で送ってもらう。Y川さん、ありがと。N君を奈良まで送る。
 帰るのも惜しいので、奈良ホールを見て帰る。奈良センテナリオホールだったっけ?磯崎新。
 



 

981130 月曜日
曇り、のち雨
 

 夕方まで電話であれこれ問い合わせたり、それから電車で梅田に出る。

 旭屋書店。専門書の買い出し。とりあえず選んでおいて、出る。Oさんと軽く食事する。

 Oさんは建築パースを描く絵かきさん。僕の母親よりも2つくらい年上だと思う。事務所時代の先輩というか、同僚。訓練所にいるとき電話を実家に貰っていた。今日仕事場へ連絡したら、僕も本屋へ行くし、彼女も梅田だし、会うことになった。
 こちらは母親と違って、若返ったような感じがする。独身の彼女は、仕事と家事とお母さんの世話に追われながらも、なかなかにパワフルで、明後日から神戸で展覧会に出品すると言う。型染めの教室の展覧会。今日は仕事の合間に作品を額装してきたとのこと。最近PCも買って、もうワープロは覚えたそうだ。
 私はね、65歳から運勢が上向んやよ、と、八卦見の話をずっこけながら、嬉しそうに話していた。
 後ろでは赤い観覧車がまわっている。一昨日オープンしたあたらしい「ファイブ」のダイニングバーで、茶屋町の夜景を見つつ、歓談する。

 おかげで、本は見切れなかった。結局、これだけ買って行く。みんな教科書やで、これ。

日本建築学会:第2版 コンパクト建築設計資料集成、丸善、1998 \4,800
山ノ内繁夫他編:基礎シリーズ 基本測量、実教出版、1998 \1,600
土地区画整理研究会編:土地区画整理の調査と事業計画、1990 \5,631
瓜谷良平:改訂 スペイン語の入門、白水社、1989 \2,100
リルケ:リルケ詩集、新潮文庫、S42改版 \400
バイロン:バイロン詩集、新潮文庫、S42改版 \400
モーム:人間の絆1〜4、新潮文庫、S34 \438,440

 モームの「人間の絆」は、訓練所で小学校教諭のSさんが絶賛して勧めていた、作家の名著だ。主人公は、聞くところでは「月と6ペンス」のストリックランドに似て、傲岸な人でなしだという。長篇でしんどいけど、これを読まずしてモームを語る勿れだそうで、向こうで読むつもり。

 11月が、終ってゆく。明日から師走ですかあ。早い。

 
 



 

981129 日曜日
晴れ
 

 まずは親父のたっての希望で、西梅田のスカイビルへ。「人体の不思議展」みたいな名前の展覧会。医学用の人体標本というのか、それの展覧会。全て本物の死体を加工して作ってある。ああなると、本物かどうか分からない。皮膚の色が綺麗すぎてリアリティーがないように感じるんだろう。結構教育的な内容なんだと思う。

 午後は奈良公園を目指して。車なので、阪神高速東大阪線をひたすら走れば、すぐ。東大寺戒壇院を四天王像を訪ねて、そして飛火野の奥の原生林を抜け十二神将の新薬師寺の門をくぐり、隣接の黒川紀彰設計するところの写真館を見る。さらに和風で古式ゆかしい奈良ホテルでお茶を飲む。そう行きたかったのだが、駐車場がもうなさそうだったので、予定を変更して焼き物の里、信楽を目指す。

 あ、今日は両親へのサービスデーのつもり。

 僕は大阪から信楽へ抜ける道が大好きで、月に何度も車を走らせる。信号が少なく、景色も良い。今は紅葉でいい時期なのだが、どうも今年は色が冴えないように思う。

 宗陶苑という名の窯元がある。のぼり窯を取り囲んで工房が並ぶ。そこで見学をし、買い物をする。いつかは女の子と来たこともあったっけ。あのときここで作ったコーヒー茶碗は、うまく出来ない彼女に気兼ねして、何故かわざわざ重く作ってみたものだ。時々これでお茶を飲んでみるが、あんまりいいもんじゃないなあ。こころなし、苦く感じたり。
 チリでは僕は若い女の子と一軒家をシェアするので、ちょっとサービスして茶碗2種と湯呑も2つ買い求める。母親は花器をひとつ。
 信楽焼は、赤く野趣に富んだ、気楽な雰囲気のある焼き物だと思う。土も扱いやすいと聞く。それから、あの焼き物の狸は、ここで作られている。誰でも知ってる?信楽では、何処へ言っても野ざらしの狸の一団に見つめられるはめになる。

 夜、車で本屋へ行く。偶然近くに住むYさんに会った。閉店間近の店内で話す。知らなかったが、電気工事でこの5月に独立したのだそうだ。もう40歳くらいだろうか。このところ、たくさんの資格試験を受けるのに忙しいという。彼にとって、今年は実に拡大の1年だった。
 「がんばりや」「がんばって下さいよ」こんなのが、挨拶。

 
 



 

981128 土曜日
晴れ
 

 渡航までの計画を少し考える。役所関係の手続きや、買い物や、調べものや何やかや、そしてスケジュールについて。準備と言っても大したことはないのだが、そうこうしているうちに、12月1日と3日は自治体への表敬があるし、日にちは無くなってしまう。

 夜、暇が出来たので、また妹を連れて本屋へ出る。お約束の「地球の歩き方」を買う。「アルゼンチン・チリ、南部パタゴニア・パラグアイ・ウルグアイ」編だ。そんなのがあるのだ。渡航して最初のうちは、生活情報として結構使えると思って。

 ついでに最近出たという映画「タイタニック」のビデオを借りて、すぐに見た。悲恋ものとしては興味がなかったけれど、逸話や史実としてしか語られてこなかった現実の惨禍と人間模様が丁寧に描かれていて、好感を持った。何ものも生身の人間についてなら、せめて何処までも具体的な輝きがあることを忘れないようにしたい。

 宮沢賢治は教師時代、算数の授業でこんなことを言ったという。家から学校までの道のりは一定だ。そしてある生徒の歩くスピードは一定だ。しかし、それで家から学校までの時間を割り出すことは出来ない。なぜなら、実際は畑の様子が気になって立ち寄ったりするかも知れないからだ。抽象化するのは便利だけれど、でも具体的な現実を見失ってはいけないよ。うろ覚えだが、大体そんな話。
 実際に授業を受けた人の語るところを再現して、竹中直人が賢治を演じたドラマが、以前NHKであったのだが、それを思い出した。

 
 



 

981127 金曜日
曇りだったと思う
 

 午後2時起床。 Me levante a las dos de la tarde.

 今日は何もしない。たまっていた日記を書く。それに、他のWEB日記や個人のページをこの数日読んでいない。変に気にするまいと思うのだが、その日そのときの事を書くというのは大切なことだと思っているし、他人のもリアルタイムで読んでいたいと思う。
 そのときの自分の状態や情動は最も忘れやすい、記憶の関わり難い部分の様に思う。僕自身の日記が近日中に書けないと、大切に思ったことが消えて行くように思われるのと同じで、他人のだって惜しい気がする。

 夜半、妹の話を聞きながら車で京都へ。ラーメンだけ食べて帰る。大阪を出るとき、雨が降っていた。雨に濡れるのは久しぶりだ。雨上がりの夜の路面を見るのも。

ありがとう
 
 



 

981126 木曜日
晴れ
 

 今日からもう、朝の集いはない。ちょっと嬉しい。

 新宿で荷物をおいて食事。漁具漁法のN君ともおちあって、みんなで昼御飯の豚カツを食べる。
 養護隊員のY君は北海道へ帰るから、東京駅で別れる。彼は歌がうまくて尾崎豊が大好きで、熱いやつで泣き虫だ。「やまちゃん」は、ボリビアでもみんなに愛されるに違いない。

 新幹線で大阪へ。ひとりずつ名古屋や京都で降りてゆく。新神戸でおりるSさんが最後に残って見送ってくれた。彼にはみんなが世話になった。熱い熱い小学校の先生。パラグアイの田舎の小学校生たちよ、楽しい2年がこれから始まるぞ。

 いや、しかし、しつこいくらい別れを惜しんだもんだ。もともとそれ程感傷が好きな方じゃないつもりだけど、流れにまかせてこうなった。でもいいじゃないか。

 とりあえず人と別れるときにできることって何だろう?別れにもいろいろな形がある。出会いにいろいろあるように。
 ともかく今、僕らの前には希望しかない。だから、今は物足りなくてもありがとうとか、頑張れよという言葉位でいいだろう。詰まるところ満足のいく挨拶なんてしようがないのだ。厳密にいうと、これらは別れには当たらないのだし。・・・銀河鉄道999みたいだなあ。
 

 家に着いたら我が家の愛犬「夢千代」が挨拶してくれる。最初だれかなあ?という顔をする。でもすぐに思い出したようだ。
 夕食は水炊き。少しの間に母は老けたように思う。・・・念願の痔の手術がこたえたか?

 早速近所の車好きの友人Mが電話をくれた。彼とあたりをひと回りしながら、明るくそして大切な話をする。彼が照れたり面映ゆい顔をするとき、友人としてもなんだかとても嬉しかった。

 明日から、は無理か、明後日くらいから?準備にかからねば。チリへ出発するのは12月8日、午後7時。東京箱崎のCATを経由、成田から発つ。

 
 



 

981125 水曜日
訓練79日目 晴れ
 

 午前、荷物をまとめ、清掃をしたら昼になった。国旗の降納をし、任期中亡くなった隊員の慰霊碑へ花を手向ける。
 これで訓練の全ての日程が終った。

 食堂で食事。午後の1時までに退出しなくてはならない。ぱらぱらと帰っていく仲間達にそれぞれが時に抱擁したりしながら別れを告げる。任国が違えば事実上再会は難しいからだ。

 これまでにいろいろあったものなあ。ここへいちいち書けないこと、書かないこともある。若いながらもちょっとした決心でここへ来て、ひとところで2ヶ月半も一緒にいたんだ。連帯感やらなにやら。結構強い。

 スタッフへ挨拶して退出。スタッフルームは、もう次の隊次への仕事に追われていた。
 

 退出後新大久保のビジネスホテルへ。Sさん、O君、Y君の男性3人、Hさんの女性1人と僕はここへ今日の宿をとる。
 3時、新宿で仲間とボーリングなど。6時、同じく新宿のブラッスリーで飲む。21人ほどいたか?何人かとはここで別れる。
 歌舞伎町のでかいカラオケ屋へ移動。写真隊員のK君の紹介で。夜の男だ。ここではもうがんがんに歌う。俺は新しいのは知らないので、みんなでその気になる歌を。ロッド・スチュワートの「Sailing 」、シュガーベイブ(山下達郎)の「パレード」など。どうでもいい?

 本当に楽しかった。安ホテルの常か、門限がある。午前1時を守って帰る。涙の別れだ。俺は泣かない。泣くに当たらないので。

 ホテルではSさんの部屋に集まった。看護婦のHさんは明日早いから、ここでお別れ。この間の9日に誕生日だった彼女だ。8月の技術補完研修でも一緒だったし、僕にはほんとに名残惜しい。彼女の任国のボリビアへは行くことがあるかなあ?ま、博多に行った時たちよれる友人が出来たと思ってると言った。外人講師の影響だろう、ここでも抱き合って挨拶する。えへへ。

 少々無理矢理でも訓練期間に日誌をつけ続けたことは、記録以上の意味はあったように思う。が、読み物より他の役割を負わせるには足りないのは確かなので、赴任後のこのページ等の記録の形式、作成のフェーズについては工夫を要するかなあと思っている。
 
 



 

981124 火曜日
訓練78日目 晴れ
 

 午前、身辺整理。昼食前に新隊員を講堂に集めて歌を合わせる。Mさん、Hさんが今回の2次隊の訓練を退所するときにも歌ったUさんのオリジナルの歌「47本のクレヨン」だ。Uさんはパラグアイ派遣の音楽隊員。AB型の人にありがちな、取っ付きにくい二重人格的部分のない女性。底抜けに元気で、時に緻密な思慮深さを見せてくれる。彼女のピアノと数人のギターで合唱する。
 次いで修了式で歌う隊歌「若い力」の練習。これも音楽隊員のNさんのピアノで。テープで聴くよりキーが低めに思えたが、男性隊員に配慮してアレンジングしたのだろうか?Uさん、Nさんに感謝。
 たぶんみんな、楽しく歌っていたと感じた。

 午後、修了式のリハーサル。

 午後2時、修了式。
 一人ひとりに証書が手渡される。次いで来賓が挨拶。関係団体の代表や海部元首相など数名。
 最後に隊員代表が謝辞を述べる。

 青年海外協力隊事業はODAによって実施される。ODAはいうまでもなく国民の血税そのものだ。隊員は任地での技術に対する報酬を求めないボランティアであり、「参加している」立場ではあるが、しかしODAの支えと関係団体の尽力なしには訓練も仕事も出来ない。訓練を修了して派遣を前にした今、これまでの訓練の報告とこれからの決意をもって謝辞とした。
 数日前の所長代理からの頼みごととは、この謝辞の件だったのだが、しこたま飲んだ後に書いたものだったので、かなり申し訳ないことになった。が、他の新隊員の仲間やスタッフからも好評頂いたから恐縮しつつもよしとする。
 せめて赴任前の若干高ぶった気分を留めるために、抜粋して残すことにする。
 
 

 晩秋を迎え、ここ広尾の欅並木も深く色付き、落葉が目立つようになりました。もはや初冬と呼ぶべき季節でしょうか?この時期、日本では実るべきものは実り、種として散らばってゆきます。
 青年海外協力隊、平成十年度第二次隊として、派遣前訓練を修了し、それぞれの任国へと赴任する前に、ここに関係の方々に対し、謝辞を申し上げます・・・・

・・・・帰国は二年後、西暦二千年、あるいは二千一年となります。きっと私達は得難い体験と、思い出を作っているでしょうし、新しい千年に期待する風が世界を包んでいることでしょう。しかし私達の任国の、あるいは厳しい境遇の中で生きる人々には、何ほどの変化もないかも知れません。私達は、それを変えてゆくために吹く微風に、今、勇気を持って加わりたいと思います。

 語学スタッフ、講師の皆様には、連日の長時間の授業と、たくさんの思い出を、ありがとうございました。
 また、私達の生活の快適さを作って下さった、東京ビジネスサービスの皆様、毎日とてもおいしい食事を作ってくださった食堂のスタッフの皆様、ありがとうございました。
 私達の訓練の全般に対し、肌理細やかに面倒を見て下さった、広尾訓練研修センターのスタッフの皆様、ありがとうございました。
 また、この場をお借りして、関係各位の皆様と共に、私達を送りだしてくれた家族や友人達にも、感謝をしたいと思います。

 間もなく始まる任国での活動は、当然困難が待っているでしょうが、これまでに学んだ全てを生かし、青年海外協力隊員として、意義ある技術協力と国際交流の着実な歩みを刻むことを決意し、謝辞と致します。

平成十年十一月二十四日

平成十年度第二次隊 隊員代表
チリ共和国派遣 kmdesign
 
 

 修了式修了後立食パーティー。その後、街へ出て、語学講師の先生方も一緒に飲む。そして訓練所でも飲む。朝まで飲む。今日ばかりは自由な飲酒が認められている。

 晴れて良かった。

これを読んで下さっている方々にも、感謝申し上げます。
 
 



 

981123 月曜日
訓練77日目 晴れ
 

 明日は修了式。79日間の訓練の終わりの日。

 あれ?今日は77日目?実際明後日が解散だが、やっぱりカウント間違えたかなあ?かっこわるい。今度確かめよう。誰か知ってたら教えて欲しい、などとは思うまい。

 一日中事務的なオリエンテーリング。協力隊員として正式に事務局と合意文書をかわしたり、旅行会社に渡航の説明を受けたりした。

 青年海外協力隊を一面で見守ってくれている団体のひとつに「青い海の会」というのがある。派遣中に物故した人たちの遺族が中心になって作った会。今日は終わりに中心者のふたりがやって来て、話をしてくださる。
 人が死ねば、荼毘にふすのが日本の習いとしては多数派だ。海外で亡くなってしまったら保存の問題もあって、現地で、となることは多い。火葬の施設がなければ、うずたかく積み上げた薪のなかに棺を入れ、親の手で火をいれなくてはならない。ガンジス川のほとりで見るような光景だけれど、日本人には辛いやり方だ。そんな体験も、聞いた。
 

 もう解散まで間がないから、みんな慌ただしい。が、やっぱり飲んでしまった。もうやることなんてないもの。僕らは不器用なのか、なごりを惜しむにも、結局酒しかいい方法が見つからない。
 訓練が終るだけで、僕らはまだ何も仕事を始めていない。そして、その仕事も、満足にやっていけるか分からない。いまはそんな感じ。
 

 
 


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