Diary
日々の記録
 
 
 
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981101 日曜日
訓練55日目 曇り
 

 珍しく朝に起きる。数日来咳が出て辛くなってきたので、薄手のセーターにジャケットを着て出かける。日比谷線の広尾から恵比須で乗り換え、山手線は代々木で降りる。

 朝10時、Mと待ち合わせる。2月に会って以来。彼とは安藤忠雄の事務所で一緒にバイトして以来の付き合いだ。
 お茶と軽食をファーストフードでとりながら時間を潰し、話をした。あんまり話したいことが多くって、ちょっと待ってくれ、そんな言葉が良く出てくる彼だ。
 この間までやっていたジェームズ・タレル展が良かったという。いつも持ち歩いている、ごく小さなスケッチブックに描きながら、どんな風だか説明してくれる。行きそびれて後悔する俺だ。

 目の前にあるGAギャラリーは、写真家の二川幸夫氏の出版社エーディーエー・エディタ・トーキョーがやっている良心的なスペース。ドアを開けてくれるのは正午。今は若手の建築家のこれからのプロジェクト、乃至は進行中のものを展示している。坂茂氏の出品のものは他の作家のものと趣を異にしている。ルワンダの帰還難民用の住宅建設関係の活動報告と、模型。日干しレンガの実物もある。ほとんどピンク色のそれは、土を捏ね、藁様の繊維を混ぜた、意外に軽いものだった。去年参加を断わる形にしてしまったプロジェクト。竹の利用は屋根を葺くまでは出来なかったようだ。
 妹島和世の作品なんかがあると面白かったが、今回は無い。他にそう見るべきものはないように思った。

 歩くうち原宿。スペインの建築家リカルド・ボフィルのユナイテッド・アローズを見る。屋上のテラスで食事。全体にこじんまりとタイトで、背の高いスペース。フレンドリーな雰囲気をかもしつ、鉄骨にPCの柱とガラスの皮膜ですっきり開放して明解だ。

 原宿の通りを抜けて表参道を歩く。町の性格が変わるにつれ、群集のタイプがちゃんと変わって行く。これでいいのかと思うくらいにマーケティングが分けられている。俺はある程度雑多なほうが楽しいと思う。若者でさえ、明らかに良く似た感じの格好をした人ばかりだ。若いからそうなんだけど、均一さから逃れたくはならないか?
 東京の商業地は建築そのものの入れ代わりも実際激しく、目当ての幾つかは既に無かった。

 秩父宮ラグビー場の側を抜けると、歓声が時に包むように届いてくる。タダだし、その音の世界を覗いて行く。明治と慶應の試合。明治優勢。隣に槙さんのテピアが静かに建っていた。

 少し戻ってワタリウム美術館。勢いで千円を払った。ちょっとスカを掴んだな。マリオ・ボッタの作品の建物も、大したことなし。しかし、アートには仰々しさは要らないにしても、あんなに気楽にアートのつもりになっていいのかな。作品として見ることも、楽しむ事も出来なかった。「かわいい」だけじゃないの?

 ワタリウムの斜め向いに古びて荒い打ち放しの住宅がある。東孝光の「塔の家」。もう30年くらい経ってると思う。10坪程度の中に、全体これ階段室のシリンダーを住宅化した建築が建っている。正確には住宅はシリンダーの形態を採ったのだ。初老をひかえた壮年の設計者も眺め入っている。いくらか言葉を交わす。東京在住の九州人。まだ目が輝いている。この、強い建築を前にしたなら、老いてさえ人に勇気が宿るものらしい。建築家本人の自邸。窓からは夕食の用意をする老婦人の姿が見える。

 竹山聖の作品を道すがら眺めてみる。本質的なものはあんまり無いと思う。すぐ傍の東京体育館はまた槙文彦作品。良く出来ている。好きじゃないけど。彼の作品は建物の外周部分の佇まいがいいと思う。ホームレスのおじさん達が楽しそうにしていた。

 千駄ヶ谷から広尾へもどる。訓練所からパワーブックを持ち出して食事し、酒を飲みつつMと話す。独立を早々に目論んでいる彼に、恥ずかしいけど俺自身の作業環境を参考までに話す。

 日誌を付けよ。大きな机を置け。PCを使ってネットワークの中で自由に仕事をせよ。HPを試みでいいから持ってみろ。そして・・・・。
 きっとチリじゃあ暇だからコンペなんかをするときや、手が足りないときの仕事なら手伝うよと言ってみる。面白いね。やってみたいねえ、と答える彼の顔は前より痩せたが、浮き世から更に浮き上がろうと構わない、ふてぶてしさみたいなものがあるように思えた。
 

 
 



 

981031 土曜日
訓練54日目 晴れたかな?
 

 昼で語学が終ったが、午後は5時まで語学交流会。JICA関係の研修生として来日中の人や、大使館員の任国の人を招いてディスカッション。
 チリ派遣の候補生は僕を合わせて4人。それにチリ人西語講師のP先生を加えた5人で、サンチアゴのエンジニアを迎える。
 質問会と生け花教室をやる。僕と同じ街に赴任する花卉隊員のGさんを先生に花を生け、コサージュを作る。
 その後、P先生とその教え子達で近所のメキシコ料理屋へ。
 彼女の来し方を詳細に聞く。なんとダイナミックな人生だろうと思う。終ってゆく物事に執着するなと言う。さよならをいい、今を新しく始めることだと。それが例え、夫や子との別れであったにしても、同じだと。
 一日、ほとんどスペイン語しか使わなかったし、ろくに使えないので、大変疲れる。聞き取りやすい言語で良かった。
 

 
 



 

981030 金曜日
訓練53日目 天気不明
 

 昨日やったゲームの「Bafa Bafa」を作った一人である、文化人類学者の木村英雄氏を講師に迎えて、異文化への適応やら、異文化との交流について講座。
 日常の行動、というか、動作まで規定している学習の結果といったらいいのか、それを「文化」と呼ぶなら、異文化の世界で思いがけなく些細な振る舞いが通用しない、裏切られた思いをする事がある、それがカルチャーショックというのだそうだ。そりゃそうだ。結婚なんてしたら、凄いショックなんだろうなあ。例えば。

 海外旅行なんて1回しかしたことないけど、パリのメトロの出口の扉があんまりがさつなので、びっくりしたことがある。がしゃん、がしゃんと音をたてて、後ろ姿を吸い込んでゆくのをみて、とても寂しい気持ちになった。あまりに冷たい感じに思えたので。

 でもまあ、大抵どんなことも慣れて行く。それが適応というものだ。なので、他人に経験をしっかり語ろうと思えば、ギャップを感じたそのときに記録しておく必要がある。写真もそのとき撮る。レポートも良いが、日誌をつけることが大切だ。マリノフスキーじゃないけど、こんな日記でも何かの時には資料になるかも知れない。そのうちチリで書く日記なら。
 
 どうせなら、語るがごとく、すべての危うい本当の気持ちも何もかも、書いて刻んでおくのがいいのだけど、辛い。それも慣れるかも知れないが。
 一方で、完全に個人的な「語の厳密な意味での日記」よりも、こんなふうに緩やかに公開した日誌もどきの方が、そのときどきの生活にとって心地良いということがある。

 
 



 

981029 木曜日
訓練52日目 曇り
 

 青年海外協力隊は派遣前訓練の修了後、地元の地方自治体へ表敬訪問することになっている。地域にもよるが、市町村と都道府県の担当部署へ2回するのが普通だ。修了まで、もうひと月を切っている。この表敬訪問に関するオリエンテーションがあった。
 

 語学とそのオリエンテーションのあと、今日の講座はゲーム形式で「異文化体験」をやろうというもの。米軍が開発したというそのゲームは「Bafa Bafa」という。大笑いをうつした名前かな?

 数人のグループをふたつ作る。それぞれをA国、B国とみたてて、別々にオリエンテーションをする。すなわち、自分の国の文化や守るべきマナー、価値観について。互いの国の事は誰にも知らされていない。

 僕のA国は、いわゆるラテン乗りの南の国。楽しい音楽をかけて、みんな友好的なことが最高の価値。ただし、極端な女尊男卑で、男から女性に話し掛けようものなら、部屋から出されるほど。でも、またすぐ迎えてくれる。女王以外は平等で、カードを賭けてジャンケンゲームをしながら、踊り明かす毎日。
 対するB国は極端な拝金資本社会。カード取り引きのうまい人は銀行で勲章をもらえる。大変な階級社会だ。しかも笑ったり喋ったりは軽薄なこととしてタブーにすらなっている。カードの取り引きも複雑で厳密で、しかも礼節にうるさい。どこかの国みたい。

 で、5分ごとに両国で使者を一人ずつ派遣する。帰ったら報告会。これも5分くらい。これをくり返して、全員が派遣されるまでに、相手国とスムーズに付き合えるようになったらおなぐさみ。

 ゲームの後、両国揃ってシュミレーションとしてのこの遊びに対する印象や各自の考察をぶつけあう。僕にとっては大事なことは3つほど。インパクトがあった、くらいの意味。
 まず明るいA国から行くと、B国がたまらなく滑稽だったこと。おかしくって何にも出来なくなった位だ。
 それから、浮かれた気分が続いて競争心が必要無いと、所有の概念がすぐに無くなってしまうこと。
 また、ひとりで異文化の中へ行くと、自国の価値観では行動しなくなること。当然だけど。地域の文化を形作っているものは、場所に宿っているもので、個人の中に固着しているものではない。建築するものとして言えば、確かに「場所」に宿っている。「人々」にではない。
 
 

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以下、自由連想による「思い出した独り言」
 
 日本人の好きな観光って、ソフトな異文化の気分を楽しむことだと僕は思っていて、例えば琵琶湖の上に「ミシガン」という名の外輪船を浮かべてみたりするのも観光。あの船に乗る客にとって、近江の風景や風情をオリジナルとして味わうよりは、アメリカの旅情を疑似体験するほうが「観光」した気分になる事なのだ。観光よりも「観光気分」を消費したがるのって、どうなんだろう?オリジナルは気分の向こうで見えなくなっている事も多い。他にもいろいろあるでしょう?
 これって観光だけじゃなくって、拡大して考えれば、分からなくっても外国語を使ってネーミングしてみたり、歌ったりするのも、或いは・・・・とにかく日本には「観光気分」が溢れている。うまく言えないのに、言い切ってみる。車なんて、ずうっと憧れの外国の響きを伴ってないとダメだもの。
 ヨーロッパ系の工業製品の自国語によるネーミングって、ネイティブにとって、どんな雰囲気のものなんだろう?「観光気分」はないと思うのだけど・・・
 
 



 

981028 水曜日
訓練51日目 快晴
 

 午後からの講座は保健衛生。これまでの類似した講座のまとめのような内容。ニカラグア派遣の隊員による感染症防止の為に作成されたビデオも教材に使われたが、これが面白かった。

 夕食後誘われるままにバレーボール。このゲームって、やっぱりアタックが決まらないと面白くない。いっぺんスパっと決めてみたいと思うが、なかなか。

 他の講座の為の準備が重なって忙しい。これでなおかつ語学の自習もしっかりやるのは、難しいと思うが、充実しているのかなあ。最近、日々をたんたんと過ごすだけになってきていると感じる。それではちょっとつまらない。

 
 



 

981027 火曜日
訓練50日目 夜雨が降る
 

 朝から昼3時までずっと「救急法」の講座。協力隊に限らず、数年に1回でもこんな講座は受けるべきだと思っている。が、まともにやったのは始めて。
 応急処置の実習だけでなく、第三世界の普段の生活のなかで見受けられる危険な状況をスライドで紹介してくれる。過積載や整備不良の車両、不適切な設備の使用をしている工場、などなど。

 システムエンジニアで派遣される4人による自主講座「インターネット入門」がその後開かれるが、入門はいいか、と部屋へ。メールが安価な通信メディアのため、このところパソコン購入者が多い。そんな人たちに応えた講座だ。みんな金持ってるなあと感心する。若い人はそれも出来ない。

 昨日のワクチンのせいか、また疲れ気味。眠い、だるい、の一日。しかし、夕方ひと眠りしてから部屋を片付けると、妙に運動したくなった。この間買った東山魁夷の画集を手にジムへ行く。画集片手にバイクを30分だけやった。こんなのは気分が大事だと思って、セオリーも無視してサイクリングのつもりになる。大学ではこれでも「サイクリング同好会」(しんき臭い!)だったので、気分はツール・ド・フランス。がんがんこいでやる。

 あー、気持ち良かった。

 
 



 

981026 月曜日
訓練49日目 曇り
 

 秋って、こうだったろうか?快晴と曇りと雨の日しかない。

 午後、語学の授業の終わりくらいに、またワクチン。今日はA型・B型肝炎。両腕に注射するのも2回目。生涯こんなに予防接種や血液採取をする機会なんて、もうないだろうなあ。

 講座は(社)協力隊を育てる会から、副会長の方を招いてお話。協力隊の創設にかかわってこられたこの方、結構高齢なのだが大変言語明瞭だった。軍出身のこのひとあって、「協力隊」のネーミングなんかいなあ、と思ったり。

 明日は語学課業のない日なので、みんな羽を延ばそうという魂胆。今日家からコート類を送ってもらったら、ワインが1本入っていた。早速このチリワインとチーズを持って歩く。日本シリーズが横浜の優勝で幕を降ろした。ベイスターズファンへのプレゼントだ。
 ちなみに僕は無理強いで西部に賭けていたので、不機嫌であった。

 
 



 

981025 日曜日
訓練48日目 快晴
 

 ああ、秋だ。快晴なのに、爽やかに涼しい。広尾の欅並木は色付きが遅いように思う。こんなもんかな?

 昼に起きて、神保町まで古書をあさりに行く。M君と一緒に。彼とは8月初旬の技術補完研修でも一緒だった。彼は水質検査でボリビアへ行く。大変真面目なマスター。

 ボリビアと言えば、同室のHさんもそうだが、昨日柔道の自主計画中に怪我をしてしまった。肉離れ。大事にならなければいいが。つくづく心配の多い人だ。同室者としては、絶対落伍させるものかと思う。
 

 分かっていたけど、日曜は古書店は休業のところがほとんど。2月にミケランジェロの全集を買った店で数冊。三省堂にも寄る。衝動買いしかしなかった。

  • ベニータ・アイスラー:オキーフ/スティーグリッツ、朝日新聞社1994
  • ゴーギャン:現代世界美術全集、第7巻、集英社1971
  • 増田義郎:物語ラテン・アメリカの歴史 未来の大陸、中公新書1437、1998
  • 大島博光:パブロ・ネルーダ、新日本新書480、1996
  • ___________________
     
     少し前に、サマセット・モームの「月と6ペンス」を読んでいたし、深いオレンジや青や緑が印象的だったので、安売りのゴーギャンの画集を手にとってみた。彼は書簡の中で、自身の作品について述べている。
    ・・・・・・・・・言っておかねばならないが、12月に僕は死ぬつもりだった。それで、死ぬ前に、ずっと考えていた大作を描こうと思ったんだ。ひと月のあいだ、未聞の情熱でもって昼夜分かたず描いた。・・・・これは下絵を作り、といった絵じゃない・・・全くモデルなしで直接描いたものだ。・・・だが、これはこれまで描いたどんな作品より優れているし、これからこれ以上のものも、おなじくらいのものも描けないだろうと思っている。・・・なんの修正もいらないくらい、明確なビジョンを描いて・・・・・・・・・
     モーム作品の中に描かれるゴーギャンは、当然すべて彼の真実をトレースしたものでないとしても、芸術に憑かれた鬼として彼を描いて魅力的だ。折しもサロンからマスメディアへと芸術が語られる場は激しく移動していたし、「月と6ペンス」がむしろアメリカで好評だったのは、大衆と対比して異化された、鬼としての画家が、嫌らしいくらいに浮き彫りにされていたからではないか?

     「われわれはどこから来たか、われわれとは何か、われわれはどこへ行くか?」と題した、1390 × 3750 のキャンバス。普通、より高きを求めて満足を得ない求道者としての画家が、これ以上の絵はもう描けないという。絵かきとして、僕はもう死んだのだと、そう言っている。
     この絵を描いたのは1987年12月、手紙は翌1898年2月、死んだのは1903年である。50を過ぎたばかりの、ふつうなら未だ力も残っている年代に、画家として最晩年を過ごさねばならなかった数年は、無間のごとく長かっただろうに。

     しかし、たしかにモームはゴーギャンの強さを良く描いたものだと思う。僕にはピークを越えてからの彼の絵も、いやまして美しく感じられる。甘い絶望なんて、黄金のタヒチの女の肌の上でとうに燃えて尽きてしまったかのようだ。
     

     
     



     

    981024 土曜日
    訓練47日目 雨だったような気がする
     

     昼、T子さんから電話をもらう。東京在住の彼女には、他の共通の友人達との間で連絡をお願いしている。こんど会おうか?と言うことになっているから。ひさしぶりの声だ。子供さんがいるから大変。

     今日は語学しか課業はない。夕刻、墨田区の東向島駅でYとおちあい、ギャラリーへ向かう。Yとは、8月の上旬に上京したとき飲んで以来。
     このギャラリーは、彼の知人の主宰になるもの。現代美術製作所という。思ったよりも大きく、楽し気だ。降りた駅の通る東武線は、大阪で言えば何となく阪神電車のような、ごく庶民的な路線。下町に建つ鉄工所を美術紹介に提供している。

     この日は「タムラサトル」展のオープニングパーティー。作家本人とも話が出来た。作風に共通点があるのか、「明和電機」の兄貴の方?も来ているし、大岩オスカール幸男なんかもいる。僕はあんまり知らないので、有り難味もちょっと少ない。ともかくキテレツで楽しく、それでいて緻密な工学(試行錯誤?)の塊みたいな作品が、美大やなんかの個性豊かな学生達に囲まれている様が、なんだかとても健康的で楽しかった。

     Yは、とりあえず思う建築事務所でアルバイトの身分になったという。彼とはここで別れた。

     行帰りの電車の中でこの間買った水村美苗の「私小説」を読む。横書きの新潮文庫。はじまりは冬の描写がペダルトーンになっているから、寒々とし始めた今の時期のこんな夜には、気障ったらしくもしみじみさせてくれる。前の事務所の同僚のWさんは留学中だが、彼女ならぴったりくる感じで読むだろう。

     腹も減ったから、門限ぎりぎりで10分間黙々とラーメンとシュウマイを押し込み、広尾の訓練所へ帰る。この週末は外泊するものが多い。飲み会も多い。僕も適当な部屋で皆と楽しんだ。
     
     



     

    981023 金曜日
    訓練46日目 天気不明
     

     ああ、眠い。語学のP先生は、眠気防止にボールを使う。会話の応酬がボールの往復になる。このおかげか、僕はまだ眠り込んでしまったことはない。

     講座は3回目の任国事情。JICAチリ事務所に勤務しておられたO氏が講師。3回もやるべき講座ではないと思うが、彼の話は良かった。今後は職種別のOBやOGとの交流を望むが、そういうプログラムは用意されていなくて、不満だ。

     このところ睡眠不足で常時眠い。今日は夕飯をとったら、もう寝てやった。
     
     



     

    981022 木曜日
    訓練45日目 曇り
     

     午後からは職種別の情報収集の時間で、各自アポをとった所へ出かけてゆく。僕は新宿から程近い大久保という所にある都市計画事務所へ。ここは現役隊員の方に電子メールを通じて連絡をとって紹介いただいたもので、情報網の発達に改めて感心するものだ。

     情報収集と言っても、今回はその事務所から以前つくった都市計画マスタープランであるとか、調査報告のたぐいをいただいて、お話をさせてもらうくらい。僕は建築デザインの人間なので、都市計画が同じく建築的な分野であるといっても、ほとんど素人の域を出るものではないから、深いことも聞けないのが口惜しい。

     門限までは時間があったので、新宿で紀ノ国屋へ寄り、新潮文庫の東山魁夷の画集を3冊買う。
     こうして少し前まで当たり前のようにしていた、独りだけで動く時間を過ごしていると、思っていたよりもあれこれと気持ち良く物思いに耽ることができて、心が涼やかになるような気がする。画伯の唐招提寺障壁画の描く波打ち寄せる様を眺めて、それから既に日も落ちて久しい新宿の雑踏を所在ない気持ちで歩いて行く。
     

     夜遅く、部屋で同室のHさんと酒を飲む。今日は語学の追試があって、彼のめでたい合格祝い。大変上機嫌な彼である。
     
     



     

    981021 水曜日
    訓練44日目 曇りのち雨
     

     10月も下旬だから、今日のように寒い朝は当たり前だ。朝の集いでラジオ体操するのも辛くなってきた。見上げた空に浮かんだ雲が、せわしく流れていくが、心なし北風に乗っているように思われる。

     訓練所で風邪が流行り始めている。今日はついにSさんがダウン。午後から休んでしまう。先生も咳がひどい。彼女はチリ人で、お国の風邪退治法を教えてくれた。彼女が言うには、いよいよ風邪がきつくなったら、なんとオキシフルでうがいをするのだそうだ。しかもストレートで!ホンマかいな!スペイン語しか話さないので、聞き違えたかと思ったが、そうじゃないんだそうだ。さすが南米。

     この数日、ヒゲそりをサボっていたこともあってか、太ったねえといわれることが多くなった。確かに2キロほどは増えている。食っちゃ寝だからなあ。はいてるズボンがきつくなって、まともには使えないのがでて来たのには、悲しみさえ覚える。ここで踏ん張らんとアカン。

     と、思ったんだけど、とりあえず昨日買った老酒を飲んで寝る。肴は「ごましお」。
     

     
     



     

    981020 火曜日
    訓練43日目 曇り
     

     スペイン語の授業は今週から過去形や現在進行形などの、いろんな時制の表現に入った。スペイン語は英語と違って、動詞が法や時制、人称によって細かく活用するのが特徴で、主語の省略は当たり前だ。不規則に活用する単語が多く、これらを覚えるのは大変そう。

     講座授業は、おもちゃの話。おもちゃ博物館の館長さんがお話をしつつ、おもちゃを実際に製作する指導をしてくれる。
     ここ数日の講座の趣旨に同じく、今日も任地での交流の手段について学ぶものだ。あるいは参考にはなるか?確かに老人や子供と仲良くなることが、個人的に友好を深めるためには近道であり、本質的な部分ではないかと思う。要するに子供と老人を知り合いに持つことは、その家庭とつきあうことに他ならない。近所付き合いの延長である。
     とはいえ、俺がチリで子供相手におもちゃを作って遊んでる所なんて想像しにくいなあ。

     今日は終日眠い。だるい。きっと昨日の狂犬病ワクチンのせいだと思う。
     
     
     



     

    981019 月曜日
    訓練42日目 晴れ
     

     そうら、今日も晴れだ。今朝はそこそこ涼しく、爽やかな朝。

     語学では、午前中病欠の先生がいて、うちと合同授業になった。たまにはこういうのもいい。

     講座は折り紙教室。折り紙会館の館長なる人が講師。湯島で紙染めをする4代目。もろ江戸っ子。日本人でもマジックを見る思いで楽しんだ。高級な擬革紙で名刺入れを皆で作ったり。
     折り紙で国際交流の掴みをとろうなんていうのは古典的と思うかも知れないが、やっぱりいいものはいい。相手にもやらせてあげることができる。盛り上がりも大きく、皆が主役になれる。

     今日は昼寝もせず、一日過ごしたが、何ほどの勉強も出来なかった。ここを出るのも、もうひと月ほどを余すのみだ。
     

     
     


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