Diary
日々の記録
 
 
 
-index-


 
km : 夢千代
 
981004 日曜日
訓練27日目 晴れ
 

 朝起きると、今日は足の裏が痛くなっている。昨日はひざ裏の筋が痛かった。いずれも野外訓練の20キロ歩行によるもの。

 昼御飯は食堂で。それまでは、つぎの日曜に控えている建築士の試験勉強。

 午後2時、新宿の西部ぺぺ。変な名前の百貨店?歩行者天国にしているくらい人の多い新宿。でもここは、はっきりいって寂れている。

 6階の特設会場にて、骨髄バンクの登録について、説明と検査用に採血。5月だったか、検査案内が来たままほったらかしになっていた。原則平日しか検査がなかったので。この間キャンペーンの知らせがあったから、今日はすかさず検査の予約をしておいたのだ。
 ドナー登録は、血液と遺伝子の型を登録して、ドナーの希望を残しておくだけの事だから、今日は10ccの採血だけ。いきなり骨髄液をとる訳ではない。もしも患者にフィットした血液の持ち主だとわかって連絡があり、そのときドナーとして改めて同意してから採取となる。まだ続きの検査や各段階の同意を経ていくが。

 骨髄移植について、実はあんまり知らなかった。実際の手続きを具体的に聞いて、正直尻込みしてしまった。
 全身痲酔の安全性が普通一番気掛かりになる部分らしい。骨髄液は腰の骨から採取するから、場所としては危険は少なそうに思う。しかし、男の僕にとって一番抵抗のあるのが、尿道へのカテーテル挿入。これは恐いよ。あと気道にも管が入る。素人として目につく「恐いの」はこれくらい。
 実際のドナー側の入院は4日というのが多い。大したことないかな?

 大変なのは、やっぱり移植される方の患者さん。白血病や再生不良性貧血といった病気で移植を待つほかなくなって、適当なドナーに採取の承諾をもらったら、移植の前処理として自分の骨髄細胞を全て破壊する。薬や放射線を使って。そうなったら、患者さんは造血能力を完全に失ってしまう。その段階になると、もうドナーは提供の意志を撤回できない。撤回は患者の死亡を含めた最悪の状況につながるからだ。
 そのへんは骨髄液採取に最終同意する際に弁護士までつけるそうなので、実際は大丈夫だろう。でも難病患者は精神的にも肉体的にも崖っぷちに追い詰められるのだなあと感じた。
 

 夕食は先週と同じく小学校教諭のSさんと。今度は恵比須の一風堂へ。大変美味しく、二人とも満足。どくだみ荘のラーメン情報は確実である。

 夜、事務所時代の先輩のOさんから電話がある。東京へ嫁いでいたが、今の勤め先が協力隊の近くということで、今度会おうと。彼女の夫は極地研究へ南極にいる。面白い話が聴けそう。
 

 
 



 
 981003 土曜日
訓練26日目 晴れ
 

 野外訓練3日目。今日もいい天気。
 朝の集い。国旗と国歌はハンガリー。
 
 もう薪で御飯は作らなくてよい。
 
 午前中は候補生による生活技法講座。それぞれの専門について、各グループから数名が講師となって、いろんな場所で講議を行う。我がチリコロチームは、「漁具・漁法」が職種のN君が、ロープワークを。航海生活の技法の基本。もやい結びなど、救命にも使えるごく基本的なもの。
 ほか、水質検査・植物・保健婦のそれぞれのミニ講座も受けてみる。
 
 午後から広尾へ帰る。寝てる間に着く。
 夜はチリ派遣のSさん、Nさん、Gさんの3人と、コロンビア派遣のO君で、チリ料理の店へ。広尾から歩いて恵比須の手前にある「イサドラ」。少し前から電話をしていたのに、連日留守だった。行ってみると案の定、閉店のまま。たたんでしまったのか?仕方ないから、またもZestへ。
 
 風呂からあがると母から電話。あわててとったPHSにつく水滴を気にしながら、元気にしてるよと。東金の野外センターで拾い読みしたのがジョージ秋山の「浮浪雲」で、なんだかつられて人情づいていた所だった。
 

 
 



 

981002 金曜日
訓練25日目 晴れ
 

 野外訓練2日目。一夜明けたら快晴。雲は見渡し探しても、一つとして浮かんでいない。

 ここでも朝の集いはある。左からJICA旗、日の丸、パラグアイの3旗が上がり、パラグアイ国歌が流れる。君が代以外はどれ一つ歌える訳ではない。音楽だけが流れる。
 歴史的、法的にあれこれ取りざたされている君が代、日の丸。外国の国旗、国歌の話になると、とんと分からない。
 こういうあるいはナイーブな問題を含む(かもしれない)国旗掲揚、国家斉唱に対して無自覚でいることは、国際協力に関わるものとしては情けない事態だろうか。
 とりあえず僕は任国のチリで、自国のシンボルが、こちらでいわれているように外国では一般に尊重されているかどうか、他国についてはどうか、なんて事を見られるか楽しみにしている。

 食事の支度。なんと朝から薪割り。昼の弁当も作る。
 昨日の経験があるだけで、だいぶ薪の扱いはうまくなったと感じる。でもこれは訓練じゃなくて、遊び。
 朝の御飯はすばらしい出来。僕は飯炊き名人の称号をもって称えられた。
 
 ちょっとしたお湯を沸かすだけで、この薪の消費量だ。薪で環境破壊が進んでいる地域があるけれど、そりゃあそうだと思う。去年UNHCRの建築家のレクチャーがあったが、難民キャンプが無計画に拡大すると、森林破壊をはじめ、環境破壊が著しいという。
 もっというと、燃料を薪に依存している地域では、燃料を継続して確保するためには、マトモな仕事をする時間なんてないだろう、とも思う。働いて報酬で燃料を買い、経済が動くというサイクルも働かない。ただ貧しいまま、森は消えてゆく。

 昼御飯は九十九里浜で、を合い言葉に、往復20キロの徒歩遠足をする。この快晴で、気温も日ざしも夏のよう。楽しく、つらい旅。これを前時代的というなかれ。
 浜では波乗りの若者が多数。おお、いい波。
 青年海外協力隊らしく、後先構わず飛び込んでいくもの(!)も多数。携帯電話の水没なども。僕はオブザーバーを決め込む。

 わがチリ・コロンビア、略してチリコロチームは、往復とも1着。しかし、驚きは東欧チームに同行したスタッフのTさんだ。彼女は先天の全盲。20キロを誘導されて歩くのは初めてだそうだが、すごいなあ。結構けろりとしていた。おそるべし。

 疲労もそっちのけ。夕食後はキャンプファイヤー!ほんまかいな。元気良すぎ。
 聞くと、計画したスタッフも失敗かなあ、などとこぼしていた。
 しかし皆、ほとんど小学生に戻って、ゲームのスタンツの、そしてフォークダンスのと、これ以上ない正しいキャンプファイヤー。やっぱり楽しい。久しぶりに公に酒も出たし。
 こういうときには、それなりにちゃんと役者がいるものだ。そして少なくともこの隊次は「しらけ」には無縁である。要するにのりがよい。
 楽しみや喜びを見つけたり、作ったりということが得意な人は、やっぱり得だと思う。

 iichicoの続きを読み、寝る。
 

 
 



 

981001 木曜日
訓練24日目 雨
 

 また雨。今日も協力隊の歌を歌う。国旗、国歌は無し。

 今日から3日間、野外訓練。9時出発。東京湾を廻って千葉は東金(とうがね)へ。市立青年の家。広尾の訓練所が立派だから、この野外センターがしょぼく見えて仕方ない。いよいよムショ暮しか、などと言って笑う。

 任国別グループで、我々チリ・コロンビア組はチリ料理を作る。作業療法士のSさんを中心にトマトソースで食べるエンパナーダと、鳥のパエリア。エンパナーダは餃子に似ている。
 小雨の中、まき割りから始まるかまど作業で、僕ら男は薫製なみにいぶされてしまった。
 僕には良く分からないあれやこれやのハーブ、スパイスもよく効いて、大変美味しい。他、東欧、エクアドル、ボリビア、パラグアイの各組の料理も概ね成功だったようだ。しかし、自賛するわけじゃないけど、うちのチリ料理が見栄えも味も一番ではなかったか。

 この3日間の野外訓練で、語学の記憶は飛んでいってしまうというのが訓練所の定説ということで、大量に出た語学の宿題を皆で律儀にやる。僕のクラスはほんの少ししかないから楽。
 寝る前にシチリアの街の調査レポートを読む。季刊iichico。バックナンバーで他にイスラムの街の調査などもあるらしい。綺麗で安い本だから買ってみようかと思う。法政の先生が書いてる。就寝12時。
 

 
 



 
 980930 水曜日
訓練23日目 はらはら雨が降る
 

 秋雨などというが、毎年こんなに毎日続いていたんだろうか?どんな時期にどんな風に季節が移り変わってゆくものか、何年経っても覚えられない。
 今日は講堂で朝の集い。少し元気のない「若い力」。

 語学の課業のあと、歯科の講座。任地はよほどの都会でも、(協力隊事務局が)安心できるような医療を受けられる保証が無い。風土病やマラリアは心配だが日常では虫歯が一番恐いから、協力隊では訓練開始までに歯科治療を終えることが義務付けられている。向こうへ行って虫歯になったら、抜くしかないのだ。苛酷な環境であれば、更に他の疾患を誘うかも知れないし。

 続いて、専門分野別の講座。ふつう派遣前訓練と聞いたら、この手の講座が多いと想像すると思うが、実は今日だけしかない。
 各専門分野の技術顧問は現役隊員約2000名に対して、たったの20名。任地での仕事について、活発に技術的なサポートを続けられる体制は他を当たってもかなり貧弱。
 候補生として見ていて、協力隊の実像は技術協力の理想からはまだ少し遠いのではないかというのが、僕の率直な感想だ。ボランティアの形態をとるとはいえ、仕事は仕事である。国として実施している公的な事業なのだから、隊員の資質の向上と、業務上の困難に対する専門分野でのサポートは、より工夫を要すると思う。
 僕の隊次では都市計画隊員は僕1名のみ。よって、講座は1対1である。で、「適正技術についての講座」は、具体的な事例を通して隊員を受け入れる側のいい加減さについて、今のうちに覚悟すべしという内容だったといってよい。

 都市計画とか建築というものは、条件や制約をいかに解決しつつ、なんらかの理想を実現する仕事だと思っているが、つまり困難の度合いこそ違え、日本でもチリでも何処でも同じように課題は無数で千差万別なのだ。
 一人の建築家が交通計画上破綻のない道路計画をし、その土地の芸術文化を理解して劇場を設計し、個人の資産能力や趣味と折り合いをつけて住宅を作る。たくさんの人を動員しつつ、こんな仕事を当たり前に全てやりきれる人はいるんだろうか?もともと、こんな仕事をしていれば、聞いていた要請が多少実際と違っていようが、たいした問題ではないと思えるようになってくる。どんな仕事も音楽のように時間的な存在であって、いつも変化しつづけるものだという覚悟くらいはできている。

 で、やはり問題は個人の能力にかかってくる。あるいは集団の意志の強さか?
 そんなわけで、やっぱり専門講座は充実してもらいたいものだ。偉い先生を呼んで講議形態をとらなくても、テーマを与えてワークショップをやるだけでもいいんだけどなあ。一人では、それも無理か?

 明日木曜日から、土曜日まで3日間野外訓練。キャンプなのだ。千葉の青年の家、みたいな所に泊まるらしい。親睦会だね。
 福島の二本松研修所の友人候補生によると、あちらの野外訓練はアフリカ派遣に備えて?トイレの穴掘りなんかもやるという。女の子でも大変だ!

 ということで、とりあえず更新は休む。

 
 



 
 980929 火曜日
訓練22日目 曇り、そぼ降る雨
 

 本日の国旗と国歌はエクアドル。

 土曜怪我したMさん。全治2ヶ月とのこと。靭帯は時間がかかる。順調に行けば、派遣が遅れることは無いだろう。

 語学の授業はとりあえず順調に進む。しかし、当然ながら全くの初心者からスタートしているし、こんなので間に合うのか、心配。スペイン語圏の隊員には、基本的に任国で数週間の現地語学研修があるから、そこで何とか順応させるようになっている。チリの場合、6週間だ。

 講座は禅宗の僧侶を招いて。謙虚、使命などについて、御本人の来し方を語りつつ。僕は、合計70回に及ぶシルクロードの旅の話の方を、詳しく聞きたいと思った。

 夕食前、この木曜日から九十九里浜のほうへ野外訓練にいくので、その際の料理材料の仕入れに行く。任国別にグループ分けされていて、僕らはチリ・コロンビア組。チリ料理を作ろうということになっている。
 外国の食材は高くなるが、広尾は手に入れやすいところだ。

 今日から1週間、食事当番。食器洗い。外出可能な短い時間を削られるので辛い。朝の二度寝も出来ない。ただ厨房のアルバイトはしたことがないのもあって、それでも結構楽しい。

 昨日に続き、今日も夕食後寝てしまう。
 昨晩、朝方、気になっていた友人の事がくり返し夢に出てきた。とんでもなく醜い夢。浅く、短い睡眠は良く無い。その代わり、深いところで気にかけていることを、こんなふうに知ることができる時もある。

 
 



 
 980928 月曜日
訓練21日目 曇り時々雨
 

 秋雨。そろそろほんとに涼しくなってきた。
 今日も朝の集いは講堂で。協力隊の歌「若い力」の合唱。藤山一郎ばりで歌ってみる。目が覚めた。

 そして語学は今日も3時まで。そのあと専門別に別れて、技術顧問や技術専門家による講座を持つ。協力隊はボランティアとはいえ、一応専門職能を買われて技術協力の為に派遣されるものなので、すべての職種には顧問が置かれている。俺は水曜日にあるから今日は暇。

 建築士の試験勉強、そして夕食後は寝る。女性隊員の乱入で起こされて、語学自習を始めたのが10時前。終えて自室に戻り、同室の柔道家Hさんと談笑後、彼のいびきを聞きながら日記を書いているのが1時半。

 何だかこれが今日だけでなくて、毎日のリズムに近くなっている。外へ出ることが少なくて、おかしな感じだ。外出可能な時間が細切れで、1時間程度づつしかないのが原因。訓練所自体5階建ての大きな建物でテラスもあるし、中にいたってそう退屈しないということもある。
 でも、そろそろ書いてる方も単調だ。人物観察記であるとかいった、突っ込み型の内容は書けない。ごくアバウトな散漫な日記を書いて、気持ちを解放していたい。俺の今日一日の上の、あるようでない脈絡を編集して、音楽を演奏するみたいに歩いていたい。
 
 

同じものはつくるな。同じものになろうとするものは、すべて変型せよ。
原広司:集落の教え
 

たんに何か面白いことってないかなあ、それだけなんだけどなあ。

我が家の夢千代は、明日も未明から親父と一緒に散歩へ出かけるはずだ。
一歩家を出れば、彼女は犬になって、とても自立した横顔になる。
ときどき合わせる目の、老成してこちらを相手にしない感じが好きだ。

 
 


last  recent
-Essay-
 
-kmdesign home-