Diary日々の記録
980920 日曜日
訓練13日目 晴れ
休み。昼まで寝る。ある人からの連絡を待っているが、結局電話は鳴らなかった。そのうちまた。
日記をまとめたり、身辺整理をしたりするうちまた眠くなってしまい、夕方まで午睡。昨日語らったSさんが、ちょっと出えへんか?と誘いに来る。良く気のつく人だ。
恵比須までは歩いて。Zestという店に。食って飲む。ブルガリアへ写真で派遣されるK君が、経歴その他、かなりの猛者で感心するやら笑えるやら。猛者って、死語やね。門限の10時に帰寮。この訓練所の建物管理をしている会社の守衛部門の人は、いつも受付で本を読んでいる。多分27歳くらいではないだろうか。「第三世界の・・」という章のページを読んでいる。「いつも勉強為さってますね」と声をかけてみる。「いいや」とあげた顔は明るかった。そのうち彼にも何か教えてもらいたい。同じ時間に、俺はふて寝していたんだな。
一日の終わりに、なにかいいものを見ることができれば、こころは心地よい錘を得て、顔を真直ぐにあげることは難しいことでなくなる。勝地はもとより定まれる主なし
おほむね山は山を愛する人に属す白 和漢朗詠集 巻下 山
980919 土曜日
訓練12日目 晴れ
今日の国旗と国歌はポーランド。国歌は短い。
語学はまだ現在時制の基本の文型を一通りやっているのみ。しかし、パトリシア先生は毎日5時間ずつ同じ生徒に授業をしているわけで、お疲れ様である。
土曜日は先週もそうだったように課業は3時まで。それからは自由に過ごしていい。土日も門限10時なのがしんどい。とりあえず資料室に建築関係の本を探しに行く。でもそんなにいい本は多くない。アメリカ建築学会の資料集成と、使うことはないだろう住宅のセルフビルドの本、チェンバースの農村開発関係の本。それに英語、スペイン語の建築土木用語集。
夜はメールや葉書を描く。数日前家から転送してもらった松野さんの葉書への返事も。
松野さんはあれからギリシャ、トルコ、シリア、エジプトとまわったあと、東トルコへも足を延ばしたという。このあとハンガリーを経由するかしてインドへ向かうとの事。インドからまっすぐ帰国するかどうかは怪しいけど、また会いたい人だ。僕にはかなりのお姉さん。アイルランドからふるさとへの旅は、終えるにはまだもう少し、時間も空間も経てからのものにするべきであるらしい。何かの作家なんだろうか?などとつまらないことも詮索するが、わからない。もしも年末に会えるなら、いろいろ話を聞いてみたい。
ついでだからシチリアのコルティーレの風景の落書きを返事にしてみた。季刊iichikoの写真をみながら。
旅や来し方の話というものは、いずれも面白いものだ。一級の文学もある。三流だけどたまらないくらいおもしろいゴシップもある。凡庸な、ありふれたものも好きだ。夜も更けて1時間ほど、Sさん、同室のHさんと共に焼き鳥屋。隠れて缶ビールを飲むよりも、やはりうまい。
帰寮。テラスでみんなとあれこれ話す。悲しいかな大阪人の俺は自虐も辞さないで話題を提供してしまう。これで経験豊富だったらやばいかもなあ。その後はしみじみと、消灯された廊下から漏れてくる非常照明の明かりをたよりに、語りの世界をそぞろに歩く。協力隊OGでJICAの専門家がタンザニアで射殺されたという。詳細は知らない。御冥福を祈る。協力事業への参加者だからというのではなく、思い半ばで世を去ってしまったことに、口惜しさを感じる。
980918 金曜日
訓練11日目 曇り時々雨
朝の集いは雨により講堂で。今日も古関裕而による協力隊の歌が流れる。何だかいい曲に思えてくるから不思議。
語学のあとの講座授業は精神衛生について。性格診断などのテストを自分でやる。
担当講師の医師は長く協力隊を見てきた女性で、その経験を踏まえたうえで、強いストレスの中にさらされる協力隊員の心身の健康について講議。文化も言語も違う土地が自分の出自とは無縁の土地なのだから、カタルシスを得るのにもひと苦労だ。特に母国にも戻るべき家族や土地をもたない人には、非常に苛酷な負荷となる。午後7時半から2時間、派遣課のチリ担当者から任国への派遣にかんするオリエンテーション。担当のSさんが派遣予定の施設、および現隊員を全て訪ねた取材によって、すすめられる。チリの地理的歴史的な紹介に始まって、チェンバースやスティグリッツなどの文献を紹介しつつ、遊軍としての協力隊の特性を生かした自由なプログラムの立案から運営の実際まで思うままに。
専門である都市計画業務の詳細については不明確なままであった。実際仕方ないのも理解できるが、不満。
とはいっても写真は充実。僕が赴任するノガレス市役所の庁舎から上司、街の様子、はてはルームメイトの女性の写真まで。彼女はチリ人の国内ボランティアで、まだ若いという。なんと、一戸建てに彼女と二人で生活することになっているので、わくわくするやら、不安やら(嘘)。思ったより綺麗な可愛い子。明るい笑顔である。おお、ラッキー。寝起きする部屋は語学の教室の上の階にあり、その後みんな遅くまで勉強。部屋に置いていた市場で買った梨を配る。なかなかの味。
980917 木曜日
訓練10日目 曇り
今日の国旗と国歌はパラグアイ。脳天気なくらい明るく、あっけなく終わる曲。
今日も語学の授業は昼まで。約3時間。
昼食後講座。協力隊派遣課の方から協力隊実務の共通ガイドラインの説明。公用旅券の話とか契約関係の話、それに任国外への任期中の旅行のことや、任期を終えて帰路を変更しての旅行の話。
夕食後所長面接。僕の班である3班の8名で。ありがちな顔合わせ。一見いやみな印象の強い所長の森氏だが、なかなか冗談も融通もきく人とみた。面接と称して協力隊が外からどう見えているか、志望動機のインタビューも含めて聞きたいのが本音のようだ。例えば、隊員の家族はどの程度この事業に理解があるか、あるいはどんな風に反対しているのか、等。夜は10時過ぎまでクラスメイトとスペイン語。楽しい勉強。
最近、講議の合間にトイレに行って用を足すとき、これが夢の中で、寝小便をしてるんじゃないだろうなと確認してしまう。集団生活だから寝小便出来ない!というのもあるけど、それより、今の生活がまるで現実離れしているように思われるからだ。僕の場合、間違っても協力隊への参加が夢であった、ということはない。夢見心地というのとは違って、ほんまかいな、という思いなのだ。だって、そうだよねえ。
風が海より土手草の蝶々おちつかず
山頭火
980916 水曜日
訓練9日目 晴天
午前早くはまだ雨が残っていたので、講堂にて体操。講堂のときと祝日は外国の国旗掲揚は無し。今日は代わりに協力隊の歌を聞く。「こせきゆうじ」の作曲になるもの。どんな字だったか?藤山一郎が植木等の歌を歌った感じ。モダンな軍歌といった風情。4番まである。
〜赤道直下 新天地〜語学のあと午後から新宿へ健康診断。都庁の展望台にも皆で登った。結構高いな。見晴しはいいし、楽しめる。しかし、純粋に美しいとは思えない光景だ。膨大な営為の結果の集積が目の前に広がってる。
埃っぽいグレーの濃淡に支配されたこの巨大な街は、台風一過の晴天の中でさえうすぼんやりとして、みはるかす続いている。嫌悪を覚えるわけではない。愛おしさをむしろ感じる。
こんな鳥瞰の眺めからは、もはやどんな人の姿も見えない。かすかに車が動いているのが分かるだけだ。ふだん蟻の遊ぶ様を眺めているのと同じ感覚だ。地上を離れてしまえば、下界にどれほどの現実が重く存在しているかなんて、既に想像するのが困難になってしまう。神は確かに超然としているに違いない。
スケールの感覚とは、ときに間合いの問題であったり、扱う事柄の範囲によって変わるものだろうが、実際に高みに立って見渡し、見下ろすときのこの感覚には、単に視点を変えたり広さを想像しても得られない何かがある。それ自体値うちのあるものかどうかは知れたものではないにしても。理と事の違いか。夕食後少し寝る。疲れているのかもしれない。その後、クラスのみんなと語学自習。
秋のはじめ朝、寝床を離れた時、鳥影のようなものが心をよぎった。きらっと心をかすめ、瞬時にして消えた。明るいものだったか、暗いものだったか、あたたかいものだったか、冷たいものだったか、そのことは判らない。その日一日、私は鳥影のようなものに心を奪われていた。夕方、散歩の途中、雑草の茂みに匿された小さい水溜りをみつけた。それを覗いた時、微かに水の滴る音を聞いた。が、改めて注意すると、それは再び聞こえて来なかった。
その夜、私は鳥影のようなものと、水の滴る音のようなものの中で眠った。私は終夜不確かなものに取りまかれていたが、私の眠りには、それら不確かなものに守られた安らかさがあった。
井上 靖:「運河」から (新潮文庫 井上靖全詩集)
980915 火曜日
訓練8日目 雨時々曇りぱたぱたと窓をたたく雨の音。台風が来る。明日は新宿まで健康診断の検査に出ることになっている。折畳みの傘が壊れないか心配。それより水害は大丈夫だろうか。今日は敬老の日ということで祝日だが、訓練は続く。3時で課業はお終い。ただ、やっぱり6時に起床しないといけないのだが。
今日も語学は楽しく勉強できた。夕食後も自主計画の時間を使って、教室でクラスの皆で勉強。お楽しみ会の装い。笑い声が絶えない。今が一番楽しい時期だろう。ただ喜ぶ暑の三伏に随つて去んぬることを
知らず秋の二毛を送り来れぬることを白
和漢朗詠集 巻上 秋、早秋
980914 月曜日
訓練7日目 曇り
今日から平常の訓練が開始される。今日の国旗掲揚はハンガリー。国歌はフルートが少し憂鬱そうに入ってくるのが印象的。
午前より午後3時まで語学。基本的な文型を使って6人で交代しながら会話してゆく。ピンクのボールを使って文字通りのキャッチボール。
語学授業の合間に予防接種。今日はポリオの経口ワクチンと破傷風のワクチンの1回目。
夕食前の授業は保健衛生。田中医師から。世界中の伝染病のなかで、特に気をつけるべきものの基礎について受講する。南米で多いという話で、コウモリが狂犬病の媒介になっているという。洞窟に入るだけでもよくないらしい。コウモリはよく鳴くので、唾液が飛ぶ。そのため汚染された空気が洞窟の中に充満している恐れがあるのだ。その昔、川口浩探検隊は感染しなかったのだろうか?狂犬病は実際かかることはなさそうだが、もし感染して発症したら最後、必ず死ぬ。動物には一切触らぬこと。
他、マラリア、腸チフス、下痢を伴う病気の仲間などについて。チリは幸いマラリアに関しては安全らしい。しかし、ほかの病気はどこも大抵同じようにあるし、地域によっては寄生虫も恐い。外部からの訪問者としては、用心するに越したことはない。班長会議なるものもあった。自治会議だ。掃除当番などについて。僕も参加する。こういうのって、議題は無いようで出てくるものだ。小学校を休職してパラグアイに同じく教師として派遣されるSさんは35歳で、神戸の人。いつもリーダーシップを発揮して、ユーモアのうちに場を納めてくれる。皆で何かとお世話になっている。今日もちょっとした意見を出したりして、たくさんの発言を引き出していた。こういうのって技術うんぬんだけではないのだよな。
その掃除当番のテーブルを作ることになった。適当にイラストレーターで作ってみた。プリンターまで持ち込んでるので、出力も。今のところそんなに忙しくないから、日記は毎日更新できている。本人にとって、毎日が新しいことの連続であれば、それが一番刺激的で生き生きするパターンだ。日常が繰り返しを基本とするものなら、せめてこんなふうにいつまでも螺旋を描きつつ歩いてゆきたい。繰り返しを不満足に結び付けるような未成熟からも、何の結実も産めない不毛な迷走からも遠い、着実な螺旋の道を。
小さい円は目がまわる
980913 日曜日
訓練6日目(休日) 晴れ
日曜はさすがに訓練なし。ただし、外出できるのは7時から夜10時まで。申請した者に対しては食事は3度ともある。素晴らしいサービス。やり過ぎ。
昼前に起きて歩いて恵比須駅まで行き、中野のマンガ専門の古本屋へ。俺はその手のマニアではないが、前にも書いた坂口尚という作家だけは、なんだかどうも気にかけてしまっている。一昨年49歳で亡くなってしまったので、良心的な作家であった彼の作品も、マンガ出版界のコマーシャルな流れの中で一つ又一つと絶版されている。そんな彼の作品で、なんとしても手に入れたいのが「12色物語」。上下2巻。最初潮出版社から出たが講談社あたりが再版してるかも知れない。どちらにしてももう絶版されて久しい。中野の「まんだらけ」には無かった。「風書房」とかいうところにはあるかも、と教えてもらう。西大島駅前。都営地下鉄は高いので、また今度。ここに無ければ、もう手に入れるのは難しい。
また広尾へ戻る途中、新宿で降りてみる。当ても無いから紀ノ国屋に寄る。行動パターンが貧困だ。
真昼は暑いけど、歩いていると気持ちがいい季節になってきた。それにしても東京は人が多い。この人ごみの中を歩くのは不快。今日は何かの祭礼の日なのか、神輿の準備をしているところをよく見かける。俺の地元なら巨大なだんじりが並ぶところだ。商店街や地域のおやじ達が楽しそうに段取りをしている。いい天気で良かったなあ、おっちゃん。
訓練所へ戻り、予約していた夕食をとる。これから語学の宿題と建築士の勉強でもしよう。
書いたしりから眠いので、励ましを!日記で追伸も無い話だけど、記録。
先日新しくリンクして下さったのが、ライターでミュージシャンで、ほんやら堂というすてきな場所をつくってて、さらには峠に茶屋までだしてる樋口さんである。音楽のときは「うわのそら」さんである。彼のテープは訓練所にも持ち込んでいる。
俺には、なんでリンクしてくださったものか、やっぱり分からない(ごめんなさい)。一遍行ってみてほしい。どうです?俺がつまらないコメントをつけるのは、この際不粋だから止める。ちょっと自慢だ。
これからも懇意にしていただけますように。ほんやら堂へは、青い影を触って下さい。峠の茶屋もそこからいける。
以上、峠の道祖神こと松岡でした。
980912 土曜日
訓練5日目 概ね晴れ
今日の国旗はコロンビア。国歌はよくある行進曲風。
午前、語学授業の為のオリエンテーション。後半はそれぞれのクラスに別れて。たいてい4人から6人のクラス。ハンガリーへ行く野球の隊員はなんと1人。
僕のスペイン語のクラスは6人。比較的良くできる人ばかり。簡単な会話なら、既にできるひともいる。僕はなんとかついてゆく感じだ。担当は加藤パトリシア先生。チリ出身の方で、僕にとっては都合がよい。中南米をはじめとするスペイン語圏の広さを考えると、ネイティブの講師は派遣先の人のほうがいい。発音から何から地域差が大きいからだ。
パトリシア先生は見た感じからして、非常にゴージャス。深い紅茶色の髪をダイナミックにセットして、見開いたような大きな目を端正な顔のうえでまばたかせている。堂々たる白人。でも物腰は柔らかい。日本語は苦手で、最初からスペイン語で進めてゆく。土曜は毎週休みではないのだが3時で終わるので、おのおの自由に過ごす。家の近い人は荷物を取りに行ったり。僕らは体育館兼講堂でバレーボール。ビールを賭けて熾烈なゲーム。天井高が講堂を基準にしていて、ボールが当たる。けちな設計だ。
その後、その仲間達と居酒屋へ。大騒ぎ。特にお姉さん方は元気だ。
last recent
-Essay-