Diary日々の記録
980911 金曜日
訓練4日め 曇り
体操、食事を済ませて講座A-1,2。協力隊の上部組織である国際協力事業団の歴史を辿りつつ、我が国も多額の資金を援助にたよりながら戦後の復興をとげ、新幹線をはじめとする多方面のインフラ整備を行ってきたこと、また日本による国際協力の経過と協力隊の法的位置付けなどについて受講。
今後は特に協力隊においては、NGO,NPOとの連携を強くしていくべきではないか?民間とは今のところ交流できていないようだ。午後所長講話。訓練の意義について。退屈なタイトルを軽妙な語りで補っていた。
その後自己紹介。少し打ち解けた頃にこういう機会を持つほうが楽しいものになる。スタッフにあとで聞いたら大人しいほうだとのこと。それでも世の平均よりは多彩で賑やかではないだろうか。各種スポーツの専門家からシステムエンジニア、陶工やら考古学、養殖、獣医、保健婦などなど。なかには男性誌のグラビア撮影をしてきた写真隊員なんかもいる。職種も多様なら経歴も千差万別。家庭環境もそうだ。既婚未婚、離婚もある。新婚間もないひとやもうすぐ二人めが生まれるお父さんもいる。平均的な状況を言えば、男は27.5歳、女は28.5歳。独身者がやはり8割はいる。女性に年長独身者が多い。皆あっけらかんとした、さっぱり姉さんばかりだ。そういうのが結婚しないタイプなのかな?
夕食を兼ね、皆盛装して談話会と称するパーティへ。飲む飲む。訓練所長と話していたら、この訓練中の経費は一人当り一千万円にもなるのだそうだ。そんなに税金払ったことない(総収入さえ疑問)僕には、たいへん恐れ多い。せいぜい利用してゆこうと思う。休日を含めても一日12万以上掛かってるんだから。その割にインチキな都市計画隊員であることよ。昼間の広尾は暑い。でも朝晩の涼しさには確かに初秋の趣がある。欅の並木から落ちる葉っぱを時々講議中に眺めていると、色付くにはまだまだなのだが、木漏れ日の陰から陽は一日ごとに低くなっているのが見て取れる。
筋肉痛はまだ無い
980910 木曜日
訓練3日目 晴れ
今日もラジオ体操から。
午前体力測定。今後の健康管理の資料の為に。明日は筋肉痛は間違いなし。午後避難訓練。避難器具を実際に全員が体験する。訓練候補生は男性が4階、女性が5階なので、それぞれ別れて。ロープとストラップに滑車を組み合わせた降下式のもの。高いところが苦手な僕だが、楽しかった。
同じく午後、協力事業全般に関する簡単なテストを受ける。その日のうちに結果が出た。60点取らないと追試だという。なんとか合格していた。また語学テストの結果に基づくクラス分けも決定。当面の僕の先生はチリ人の女性講師のようだ。これで入所に伴う手続きは大体終わり。来週からは訓練が本格化する。
昨日宅配の大荷物が届いたので、やっとラジオのニュースを聞いた。散歩に外出すると表の大通りは車や人が行き交っていた。そんな光景を目にしたとき、当たり前のことから既に滑稽なくらい隔離されているのが分かる。(マグワイヤが62本ホーマー打ってたとか・・・)
そして自分がとても環境的に恵まれていることに感謝する。つまり学習環境としての行き届いた設備などに対して、あるいは理解してくれている親や友人達に。
運動してますか?
980909 水曜日
東京は晴れ 暑い
訓練研修センターの朝は6時25分の「朝の集い」に始まる。屋上で人員確認と赴任先の国旗を日替わりで揚げる。国歌のテープ付き。同時に日の丸と国際協力事業団の旗も。次いでラジオ体操。
朝食は7時30分より8時まで。カフェテリアでメニューはひとつ。味は悪くない。週代わりで配膳準備をしたり食器を洗ったりする当番を置く。
昼食までオリエンテーション。毎日のカリキュラムなどについて。
11時45分から12時15分まで昼食。12時50分までは外出してよいことになっているので、同室のHさんと買い物に出る。ちなみに全室二人部屋で、快適。机、ロッカー、ベッド、空調などは完備。建物自体新しく、大変清潔できれい。
Hさんは南米ボリビアで柔道を教える。4段!のやさしいお兄さん。僕より一つ年上。
洗濯室は無料だが、洗剤がないので買う。インスタントコーヒーも。ついでに散歩して帰る。聖心女子大と広尾ガーデンヒルズをぐるりとまわった。午後一番は語学のテスト。訓練前に自習出来ているか、またクラスをわける際の参考にする。全くやっていなかったわけではないが、歳のせいか覚えが悪い。筆記はそこそこ。面接は笑いでごまかす。でもやっていけそうな気分がしたのは面接の先生が良かったからかな。
次いで講座がある。協力隊事務局長の望月久氏。なかなかの催眠術師。
終了後17時10分から17時50分まで入浴と外出が可能。僕とHさんは風呂へ。
18時から30分まで夕食。19時20分まで入浴か外出可能。テラスで談笑。
19時30分から21時30分は「生活班」と呼ばれる8人のグループでオリエンテーション。要するに隣組。僕は班長になってしまった。決める段になるとみんなだんまりになるのが耐えられなくて手をあげてしまった。ああ。
22時45分までは自由に。ただし外出は禁止。ここで人員の確認を班長がして報告。報告先も候補生の代表が管理する。
23時消灯。義務ではないが、明日の朝も早いから寝たほうがよい。基本的にはこんなふうにこれから過ごす。これに授業が組み込まれることになる。個人的にはちょっとお役所的な複雑な管理法ではないかと思う。タイトで休みなくやるためには理解も出来なくないけど。これが可能なのは日本人くらいではないか?(警官や自衛隊の訓練も知りたいものである)ただし、概ね楽しいし、スタッフの方々も協力隊経験者が多く非常に協力的だ。
最後まで読めました?
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980908 火曜日
大阪晴れ 東京も晴れ
朝荷物を宅配にだしたあと、もろラッシュにもまれて8時40分の新大阪発ひかりに乗る。満員の自由席。ここ数日の日記を書く。寝惚けて書く。
広尾訓練研修センターにて2時半から入所式。南米と東欧合わせて8カ国47名の仲間とともに。
研修所は他に福島県は二本松と長野は駒ヶ根にあって、ともに150名ほどの隊員候補生をかかえる。つまり僕ら平成10年度第二次隊だけで3百数十名いるのだ。そして派遣の隊次は3回あるから、年間千名もの協力隊員が生まれていることになる。これは大変な数だ。
詳しいことは何も分からないが、予算的にも結構な事業である。税金を使ってここまでしなくとも、という意見もあるかも知れない、なんて思う。しかしいわゆる箱もの的な協力事業にくらべれば、ボランティアの青年を送りだすだけの資金運用なら、たかが知れたものだ。いい人材を送ることが出来るなら、その限りで可能性のある事業だと思う。今週はオリエンテーションで終わりそうだ。これでもかと積み込まれる研修スケジュールについてこさせる為だろうか、息もつまるほどの管理体制だ。げえ。
明日から毎朝、国旗掲揚とラジオ体操から一日が始まる。生まれて初めてだ。すごいね。
ランニングは無いらしい
980907 月曜日
晴れ
km : chica de capa昨日の夜は我ながらよく騒いだものだと思う。少々熱っぽいのは二日酔いかな。地元の仲間達と。数カ月研修で留守にするというだけなのに、全くおめでたい。明日から渋谷区は広尾で青年海外協力隊の派遣前訓練がはじまる。11月25日までは、祝日も休みなく訓練だ。全くの合宿制である。せいぜいよく勉強してこようと思う。
ということで、これまで以上に更新が少なくなるだろう。あくまでこれは僕個人の記録としてのページなので遠慮したくないが、でも読んでくれるひとがいるという喜びは一方の大切な部分。謝るような筋合いではないけど、ちと残念と言おう。実は今、新幹線の中で8日に書いてます。ちょっとはずかしい。
もうすぐ富士山が見える。今日は9月8日火曜日。快晴の朝だ。
いただきます
980905 土曜日
晴れ
L+km : some projektちょっと久しぶりにLさんに会う。今日も準備はそこそこで食事。手伝ったプロジェクトの手直しで、みんなが集まるからと呼んでくれた。
竣工してからきちんと見てなかったから心配していたのだが、どっこいほとんど思いがけないくらいに素晴らしい。これだけのことをするには、かなり細かい指示と管理が問われたろう。日本人には出来ない仕事であることも見て取れて、大変刺激になる。一方で施工した面々のレベルが幸いにも高かったのだろうとも思う。設計も施工も、いい仕事をやるということは、技術を除けば、まず手間を惜しまないことが原則だ。結果いつもきつい思いをすることになるが、もの作り達には関係ない。そんな単純な誇りが彼等をどこまでも引っ張っていく。Lさんも故国のプロジェクトがとん挫したことで、生活のゆくえは波瀾含みになった。これまた何の力にもなれない俺だ。こっちはまだまだお世話になるのだが、出世払いはききますか?
980904 金曜日
?
昼間は何をしていたろうか?
日暮れ前の梅田のヒルトンでYと待ち合わせる。ついこの間、箕面であったばかりだけれど、今日はだんなさんがお出かけとのことで、食事でもしようかとメールで打ち合わせていた。このところ、めしだ酒だと出かけることが多い。
昔聞いた「マイアミ」という名の店をめざすが、もう看板だけを残してたたんでから大分立っているようだった。仕方ないから適当なキッチンバーへ。高校生のときクラブを立ち上げた際、発起人は俺ということになったが、彼女はマネージャーだった。それからのつきあいだけど、今日ほど話を出来たのははじめてではなかったか?
結婚して1年を今月迎える。披露宴で無理のある漫才をやったことを思い出すが、1年なんてあっという間だ。悪いけど今日はだんなの噂を聞いている。まだ、始まったばかり。もっと甘えて、好きなように、もっと好きなようにやっていったら?そんなこと位しか言えなかった。そのうち嫁さんができたら、俺も話を聞いてもらうからな。・・できたらだんなにな。ふふ。
ごちそうさま
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