Diary日々の記録
980902 水曜日
晴れ市役所へ年金の手続きなど。来週は訓練研修所の入所だから、そろそろ準備も本腰をいれねば。
自己管理能力の乏しい俺だ。手続き関係はリミットが他人に預けられているのでやるのだが、個人的なことはまだ間があるとしてやれない。そうこういってる間に一級建築士の実務試験も来月だ。
それでもまた酒宴の約束してしもた。
いいの、いいの、秋だもの。きのう、昼間からお隣のミサイルが飛んできたということで、大騒ぎだ。何年か前、「マーフィーの法則」という本がはやったのを思い出す。 アスキー出版局、1993。
まず、根本法則であるマーフィーの法則
「失敗する可能性のあるものは、失敗する」ここからはじまって、えんえんと世間を支配する法則が続く。
「起きてほしくないことほどよく起こる」「不足は増加する」などなど。人生の法則と題して
「やりたかったことをはじめると、別の事をやりたくなる」笑うに笑えないのもある
「いびきをかくひとが先に寝付く」
北朝鮮は、さきに寝付こうというのかな。なかよく静かに寝ようじゃないか。たしかに原則として遵守したいスローガン
「すべてのシステムは、想像できる最悪の状況に対応できなければならない」
危機管理や防衛体制にかんしては原則だ。しかし危機感をあおって誘導するために、この真っ当な論理を利用する人が、往々にしている。そして混沌とした意見の最終的なジャッジは自分だ。本としてはジョーク集なんだけど。(シチュエーショニストってなんやったかな)
友人にコンゴ(旧ザイール)の建築家がいる。彼を見ていると、平和に暮らせる状況を造り出すこと、それを円満な形で維持すること、たちの悪い扇動に振り回されないでいることが、いかに困難な作業の連続か、何ごとも享受するだけならなんと簡単なことか、ということがよく分かる。彼がいかに故国を思って私財を投げ打ち、プロジェクトを立ち上げようと、環境とは無情なものだ。
たしか今年来日15年になると思う。15年経ってもだめなら、もう故国には帰らないといい、それでもこの間まで順調に見えたコンゴの情勢に期待をかけ、努力してきた。 ところが、この内戦だ。あとに続ける言葉が本当に見つからない。なんでも敷衍して考えるのは賢明ではない。けれどもとにかく、仕事なんて半分は問題の処理であり、崩れて行こうとするものを改修しつづけるためのものだ。ミサイルを飛ばすよりも根本的な改修法が北朝鮮にはあったろう。多少の無責任に目をつむってことの維持をはかろうとするやつは、一番の嫌われものになる。じゃあ、守るべきものが役に立たなくなったとき、彼らや僕らは何を目標にすればいいのだろう。そしてその目標のイメージは支持を糾合できるだろうか?
「書けば書くほど、おかしくなる」
今考えた。しつこい?
980901 火曜日
曇り時々晴れ
役所へ用事で出かけたついでに、アウトレットの店へ。何にも買わずに出る。
荒本の府立図書館へも寄ってCDを借りた。大貫妙子の何年か前の小林タケシもんと、バッハのリュート。
何故かめったに食べない葡萄をひと房たいらげた。
今日から早起きしてるから、夜眠い。昨日買った物品をあらためたりするのもあんまりできずにそうそうに寝る。
980831 月曜日
曇り時々晴れ だったかな?
昼からMWと日本橋まで出て、パワーブック用にモデムカードやデジタルカメラを買ったり。カメラは中古品のソニーのサイバーショット。新品みたい。しかし散財だ。
ちょっと前の家電売り場なら、数軒店をまわって値段の交渉をすれば、入札みたいに結構ねぎったりサービス品をねだったりと、「勉強」させることができた。コンピューター関連の売り場に限れば、いまはもうマニア向けの店でもなければ、どこもあんまり変わらない。
なんば花月の前にできたジュンク堂書店に初めて行った。椅子や机を並べてあって、図書館みたいに座って読むことができる。太っ腹やなあ、と感心。和西辞典を購入。km : The Winner, osaka,1998ロケット広場でNと合流し、3人で南で飲む。Nは少年鑑別所の教務官で、今日は夜勤明け。夏休みとあって、普段から定員一杯の鑑別所はもうパンパンだという。
中学生の頃なら、同級生に鑑別所に行っり保護観察を受けてるやつはいたから、別段遠い世界の事と言う感じはしない。さすがに院やら刑務所に入った友だちはいない(と思う)。ナスカさん、どないですか?写真。
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