Diary
日々の記録
 
 
 
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980829 土曜日
概ね曇り
 

EPO : UVA, EPO, 1995

 彼女のスタジオライブと、ライブの2枚組。たまに聞くと大変気持ちがいい。
 全然関係ないけど、気持ちがいいといえば、舟のうえから大声で歌うこと。
 めったに出すことがないけど、カヌーにのっていつか歌いたいのがこれ。

 

われはうみのこ さすらいの
たびにしやれば しみじみと
のぼるさぎりや さざなみの
しがのみやこよ いざさらば

まつはみどりに すなしろき
こまつがさとの おとめごは
あかいつばきの もりかげに
はかないこいに なくとかや

なみのまにまに ただよえば
あかいとまりに なつかしみ
ゆくえさだめぬ なみまくら
きょうはいまづか ながはまか

るりのはなぞの さんごのみや
ふるいつたえの ちくぶしま
ほとけのみてに いだかれて
ねむれおとめご やすらけく

   琵琶湖周航のうた

Buen viaje!
 
 
 
 
980828 金曜日
雨のち曇り
 

 前回の空メールボタンは、二度三度とお酌してくれる人がいて、うれしかったです。ちょっと二日酔い。

 昼間ちょこちょことした用事だけ済ませて昼寝。起きると5時を過ぎている。6時に戎橋の約束だったのに。
 40分程おくれて、高松伸の設計になるというビルの上へ。橋をはすかいに挟んで反対側はキリンプラザ大阪。これも彼の手になる建築学会賞作品。道頓堀にはとてもお似合い。
 先日約した通り、永田事務所のOB、OGが5人とみんなのともだちの女性Tさんが集まった。会社の同窓会なんて普通やるもんだろうか。でも集まらないと始まらない話というものはあって、とても楽しかったりするから、ときには思い出した愚痴をならべようとも、やっぱりいいな、と思う。

 ロンドンにAAスクールという建築学校があって、世界中から若い学生や建築家が集まっている。ひところに較べれば影響力は小さくなったかも知れないが、それでも独特な存在感のある場所であることに変わりはない。
 Uさんはジョン・ヘロンのもとでそこへ通った。29のときに渡航したので、僕が派遣されるのと時期的に変わらない。当時は日本もバブルがはじけて、さあどうしようといった程度で、今程危機的な情勢が露見していなかった。Uさんが帰国して2年経とうとしている。フリーの立場で思う建築活動をやっていくのは一層難しい情勢なのだが、できるだけ早い時期にチャンスを捉えてほしい、みんなそう思っている。

 ワインバーへ店を移して話は飛ぶ。名刺やパンフレットを交換したのもつかの間、東西の性関係へと話題が流れた。そこは皆さんアーティストなので、いわゆる下ネタではなくて、ホモ・ヘテロ・バイなどなどのことだ。特にUさんは経験を通して語るので、たいへん興味深い。これって興味があるってこと?
 かつての日本もそうだったように、ヨーロッパはそのへんが多様だ。その中でも幼児に対する性というのが問題になっているらしい。僕はそれなら老人に対するのはないんですか?と聞いてみるが、それは聞いたことないなあ、とのこと。まあ、そりゃあね。

 もう時間だ。6人は、それぞれの持つ生活へ戻っていく。一部は未だ地に足をつけるに至っていないものもいるにしろ。
 感傷も何にもない。なんだかいつか一緒に作業した頃と何も変わっていない、ただ別々の場所でそれぞれが働き、生活しているんだな、というふうに感じるだけ。アトリエというものが、いつでも、あらかじめ誰もがでていくべき存在として位置付けられているからだろうし、出ていったところで忘却されることなく、あいつは何をしているんだ?と考えたりうわさするのを楽しみにするような風土があるからだろう。

Buen viaje!
 
 
 
 
 
980827 木曜日

 
 普段そう酒好きでもないのだが、時々思い出したように夜な夜なちびちびとのむようになることがある。ほとんどの場合、逃避だ。

 ワインやらジンやらと相手をかえても、ひとまわりもしないうちにいつも手にとるのが僕の場合「剣菱」。よく店先に並んでるあれだ。そしてそれは特選でなければならない。ふたの黒いやつ。3千円もしない。
 ここへは書くにそぐわないことはあったけど、特にネタもないからとりあえず飲むことにする。

おおきに
 
 



 

 
980825 火曜日
晴れのち曇り
 

 よく電話のかかってくる日だった。それもちょっと懐かしい大切な人たちから。たいていは僕からの暑中見舞いの返事がてらなのだが、今日一日にまとまってくると不思議な気分になった。

 例えば、前の事務所の先輩のYさん。事務所を卒業して3年になる。この春に女の子が出来たばかりの若い父親だ。実家が設計事務所でもあって、すでに幾つかの作品がある。そのYさんもいろいろと思うところがあるらしく、僕なんかにも近況報告とも相談ともつかない話をしてきた。

 同じく先輩、僕の母よりも年上のOさんも電話をくれる。半年くらい前に事務所を出られてから連絡も無かったし、それからのことは人づてに聞いていたとはいえ気になっていた。お互い心配しあってる感じ。
 個人的にもとても懇意にしてくださった彼女、いまはまたフリーのパーサーとして、やっと安定してきたと言う。独身のOさんはお母さんと暮らしている。世話の話を聞いてるだけでもたいへんだ。Oさん自身は、もう子供をつくれないけれど、なんとかいい人をさがしてほしいと思う。

 OさんにYさんの話をした。そのうち夜も更けた頃、Yさんから電話。なんでもYさんは、また別の元所員であるNさんから電話をもらったらしく、ついでだから週末にみんなで集まろうかと。ほかにも英国はAAスクールに留学してたかっこいい浪花男のUさんもくるという。とても楽しみだ。

 前にも書いたけれど、このところ周りの人たちがそれぞれの人生にとって、大なり小なりの節目を迎えているなと感じることが多い。でも本当は僕自身が、少しは年かさを重ねてきたので、時期としてそういうふうな感じになってるだけなんだろうか。
 いずれにせよ、可能性の世界にいる限り、それらの変化や転機は皆歓迎したい。そしてこう考えることもある。そのうち歳をとれば、つながりや絆もときにはしがらみとなって、あるいはまた別の何かがおこって、不可能性の中に囲い込まれてしまうこともあるだろうと。それは単に閉塞とは呼べないこともあるだろう。それは・・・
 

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