Diary
日々の記録
 
 
 
 
-脱線-
-D-housing-
9808東京行
少しずつリアルタイムになる予定
見にくいから色を変えました。どうです? 

980807 金曜日
曇り
 

 1日長逗留して調査。霞が関の世界銀行東京事務所。図書室で各種レポートなどのテキストを拾う。どれも英文。うーむ。タイトルで止まってしまうことも。美人をうんぬんするラベルか。いや、レベルか。

 福岡の看護婦さんと同行した。遅い昼食をとりながら色々話す。彼女も僕と同じくおぼこい顔立ちなのだけれど、同い年。親は何か言わないか聞くと、意識してか何にもいわんとです、だそうだ。ボリビアはサンタクルスへ行く。チリとはかつて領土の係争もあった隣国。

 初台のオペラシティへ。NTTのやってるInter communication Centerへ。情報産業の企業らしい現代美術館。金曜日は9時までやっている。
 もう少し早ければ企画展の主人のウッディ・ヴァスルカのレクチャー+ワークショップに参加も出来たようだった。片付けの最中。いろとりどりの格好をした多文化な人間の行き交う様が、奇麗だ。
 ひとつだけ別室にしてスペースを奢った作品、The Maiden。しゃれじゃないけど明和電機を連想してしまった。メタルの可動扇子が2つ置いてあるのを見ると・・・。
 どの作品も機械と電気をメディアの材料に使ったものを選んでいる。Inter communicationの主旨に適ったもので、作品を鑑賞(というのは狭いけど)する人の働き掛けへの反応が分かりやすく可視化されている。実際はコンピューターオペレーションの部分があって、全て身体的なアナログ機械ではなくブラックボックスの部分もある。

 常設展のなかで特に気になったのは、たしか京都のグループだと思うダムタイプ。Instaration ORという作品。床に置かれた4つの棺大のガラスの板に、4人の白い服の男女の寝姿が投影される。鑑賞者の動きに反応してしょっちゅう入れ替わる。
 作品自体に何かを感じたわけではない。

1. 奇麗だ。しかし現代の美術表現って何だか無機質で清潔に過ぎる傾向がないかな。身体性がないというか。
2. あんまり細いベッドとは、実に棺と変わらない。動かないことを前提にした一人用のベッド。

 近代に入って芸術が実験や新しいモデルの提示に忙しくなった。以前からもそうではあったが、しかしデカルトの方法序説よろしく、分析による思考や純粋化・理想モデル化を手法のうえで特徴としてきた。一方で僕がひいきにしてるミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の大作のように、「全て」を包含するような作品に魅かれる人は多い。禅の世界が魅力的なのは一方で諦観を示しながら、最小限の中に万物を見る可能性を説くからだ。普遍的な共通言語としての科学的手法にたのむあまり、いわゆる現代芸術は何だか寂しいなあ、と主観を込めて思う。(いわゆる現代芸術の定義って何だ?)一方の演繹は、宗教的な部分に依るところが大きいと思っている。

 愚にも付かない連想をぐるぐる回しながら、隣のブースの作品にちょっと悪戯。砂が敷き詰めてあるので、指で散歩の跡とそれから・・・

 10時40分新宿新南口からバスが出る。
 


980806 木曜日
曇りのち雨
 

 広島原爆忌。
 研修4日目。最終日。JICA市谷総合研修所。

1. 環境アセスメント
2. 環境教育
3. スラム・スクワッター地域の環境衛生改善
4. 問題解決法(KJ法)
5. 質疑・応答・閉校式

 途上国問題が集積して現れるのは、やはり都市部である。居住から生産・交易までが、か細く保証のない都市サービスの上に乗っかろうとしたところで、必ずオーバーフローしてしまう。しかしまたM.P.トダロの指摘するように、都市への人口集中という観点からいえば、農村からの都市部への人口流入を消化するだけの雇用創出を初めとする都市のキャパシティーの拡大をはかるよりも、農村の体力強化を目指すほうが正解であることが多い。つまり都市問題は一面で農村問題でもある。
 僕の赴任先が地方農村の中核都市で産業振興を視野にいれる必要があるのだが、今回の研修ではそのような中央と周辺の図式が抱える課題にまで手が回らなかったようだ。たしかにそんなマクロな取組は世界銀行レベルの話で、JOCVでどうこういえるものでもない。開発経済学の概論でも独習するか。

 研修初日にお話しして下さったJOCV OBの池田さんが語るところの「5つの”あ”」

*あせる
*あきらめる
*あなどる
*あてにする
*あたまにくる

 これは長生きの敵だと。なるほど。いや、そうではなくて途上国での事業にかかわる人間への注意。しかしまた、どこでだって大切なことだ。周囲の環境に振り回されて怒るよりも、あせらず率先して動いていきたい。

 あとひとつ、気になってしょうがないことがある。それは、向こうに美人が多いかどうかってことだ。もしも過疎の年寄りばかりの街だったら、それは絶望的な情況だ。農村問題とは実に少美人化問題であることは、M.P.トダロの指摘するところであって・・・。もうええって?

マイケル・P・トダロ:M・トダロの開発経済学、第6版、国際協力出版会、1997

 この本、読みやすくて面白い。
 


980805 水曜日
晴れのち ぐずつく空
 

 昨日と同じく早起きするも眠い。研修3日目は東京大学工学部の都市工学科で。三四郎池が、豪奢な武家庭園をその由来に持つだけあって、緑深くて驚く。

 研修受講者15名の内女性は9名。環境衛生に関連する部門なので、自然そうなるとはいっても結構な数だ。年齢も27歳から30歳が多い。男性が新卒間もないとか院卒前というのが多いのとは対照的だ。社会障壁という点では婚期の女性が2年余りを協力隊員として過ごすのは、厳しいんじゃないかと思うのだが。
 それにしても世間では何かと奇特な人として扱われる我々だが、こうして集まると皆けろりとしたものだ。参加動機についてさえ話しあうことはない。

 そんな中でも、本当に奇特というか面白い人間もいる。生態調査でメキシコへ行くM君は蝶の研究者。フィールドを求めて何十万匹の蝶が渡りをするという彼の地へと、蝶々よろしく渡ってゆく。筋金入りの虫マニアだ。そういう人種(失礼)は皆共通して探究者の目付き、いや瞳を持っている。多分死んでも揺るがないんじゃないかとさえ思う。今日も東大を主な生息地にする蝉がいるとかでどこかへ消えていった。

 今日の講義
1. 開発途上国におけるし尿・生活排水処理技術 その1
2. 開発途上国におけるし尿・生活排水処理技術 その2
3. 情報収集・問い合わせの仕方について
4. 情報収集
5. 開発途上国における都市計画

 5.のみ藤井教授。ほかは北脇教授。藤井氏は北脇氏の同僚。
 全日通じて都市計画はこの5.のみ。大変不満。ただ、スラム・スクワッター(不法占拠)への住宅供給プロジェクトをしているNGOがあるのを知ったのは収穫か。
 


980804 火曜日
今日もぐずつく
 

 昨晩就寝が遅かったのに、妙に朝早く起きる。遅刻魔だけに、こんなときは異常に緊張してしまう。昼間、大変眠かった。

 今日の講義
1. 開発と環境について
2. 開発途上国における塵芥処理技術 その1
3. 開発途上国における塵芥処理技術 その2
4. 日本の国際協力の仕組み
5. 水供給、し尿、生活排水処理分野における日本の協力

 講師は終日桜井先生。ほとんどデスマッチ。超人的なバイタリティーの持ち主である氏も、若干疲れ気味。
 日本による事例をあげるといっても、時には強烈な批判を伴っての講義だった。また、メキシコの塵芥事情として、いわゆるゴミ屋を支配するゴミマフィアの話はおもしろかった。いや、興味深かった。

 研修後、恵美須のビアホールで友人と落ち合う。いずれも大学からの付き合いのY崎とY田。実は今日、建築分野でのJOCVの二次試験が同じく広尾の研修所で行なわれていて、受験のY田とは朝にも会っていた。
 大阪を出るバスを待っている時、その彼から電話。俺からの暑中見舞いの礼だというが、妙に感激していておかしいなと思ったら、その葉書にJOCV派遣のことを書いたのを見て、彼も受験しているのだという。それで今日、早速落ち合うことになったのだ。その後、六本木のバーへ移動。
 実際のところ、大学を出て不安定な協力隊事業に参加するなどというのは、あんまりスマートなことではない。俺も正直なところ経歴と見あったプログラムが、ここしかなかったから参加している部分が有る。とはいっても国の後ろ盾がある分、かなり気が楽ではある。また、JICAの技術専門員になる為のキャリアになるというささやかなメリットはある。

 Y田の目論見は、純粋に建築的な探求心以外にはない。つまり生存にとって極限的に厳しい社会と環境の中で、建築とは何なのかを体感したいというものだ。彼にしてみれば、俺の持っている目論見は少々奉仕的に過ぎるように感じられるらしい。俺自身はそれは文脈の捉えようというもので、普段日本で活動するのを、ちょっとほかへ場所を移したに過ぎないと思っているのだが。
 Y田が面白いというのが、京大の竹山聖が話した所の「建築家は医者弁護士とは違うので楽しい論」と、俺思うところの「建築家は医者弁護士と同じで楽しい論」だ。何だそりゃ。

 Y崎の来し方も結構面白い。院をマスターで卒業後、ロンドンのアトリエで2年近く働いたあと1年ほど前帰国。以来フリー。ロンドン時代はクアラルンプールや香港のプロジェクトもやったとのことで、なかなか楽しそう。今興味を持っているのは、建築と解決すべき多様なプログラムについて。真摯で飄々とした彼だから、意中の事務所で働きつつ、いい建築家になるに違いない。格好良いなあ。がんばれよ。

 格好良いといえば、Y田はなかなかのいい男で、聞けば彼女もいるという。まだ若いらしいので、結婚絡みのごたごたは起こさないで済みやすいだろう。大変だけど、待つ人がいるというのはええなあ。ええなあ。

あーあ。
 
 


980803 月曜日
ぐずつく空
 

 9時半、渋谷区広尾の青年海外協力隊研修所にて技術補完研修。
 青年海外協力隊(JOCV)は、同じくODAを使う上部組織の国際協力事業団(JICA)によって直接派遣される技術専門員が特定のプロジェクトの遂行を目的としているのと違って、身分的にはボランティアであり遊軍的な意味合いの濃い立場だ。だから例えば僕のように都市計画という職種であっても、派遣先の情況ひとつでかなり融通を利かせて対応していかねばならない。つまり開発の途上にある国とは、受け入れ体制を整えることさえままならないところであり、そうした流動する草の根の部分に入り込むことがJOCVの役割といっていい。
 JOCVは派遣前に全員を対象に79日間の合宿訓練を義務としているが、職種や個別の能力に合わせて技術補完研修を合宿の前に課している。今回の研修は保健婦・看護婦や生態調査・環境教育、都市計画・上下水道整備・水質検査等の専門家15名を対象に、開発途上国の多様な実体を概観するとともに、環境衛生にかんするハードから運営の事例に至るまでの講義を軸に進められる。

 今日の講義内容
1. 開講式・研修内容説明
2. 環境衛生基礎知識全般
3. 開発途上国における水供給技術 その1
4. 開発途上国における水供給技術 その2
5. 協力隊OBとの情報交換
終了後. 懇親会(飲み会)

 中心講師の桜井国俊氏と北脇秀敏氏は、開発途上国の環境衛生における行動する専門家として、第一人者の方々。豪華キャストである。
 日記でもあるし、どうしたもんか考えているが、これ以上の細かいレポートをここで作っても仕方あるまい。でも、印象だけ記録する。

 今日は第三世界の都市問題全般への認識を変えさせることが主眼にあったらしく、見るもの聞くもの、結構ショッキングだった。日本で生活をしているということが、最高度に高度化された都市インフラのサービスを間断なく受け続けているのだ、ということがよく分かる。識字に始まる社会的文化的な基礎体力という部分でも同様だ。分かっているようで、そんな我々の常識が途上国ではことごとく通用困難なことらしい。
 例えば下水管に上水管が貫通していたり、垂れ流し汚水が水場に流れ込んだり、或いは裸足と手洗いの未習慣化。これで平均気温が高ければどうなるかなんて分かりきっている。ところが断ちがたい悪循環は終わらない。・・・虫下しで、ラーメンふた玉もの回虫が子供のお尻から躍り出る様を写したスライドにいたっては、アニメーションでなくて良かったと思うばかりだ。Appropriate Technorogy(適正技術)は、そんな現状にフィットする対応をしようという概念だが、適正とは何かを探るのはいつでも難行苦行のようだ。

 講師の方々の分け隔てない、洗練されたアカデミックな態度も、同じくショックでさえあった。経験も学識も無い我々に対して、ほとんど同志とでも言わんばかりに付きあって下さる。名だたる国際機関で数多くのプロジェクトを遂行するばかりでなく、東大に講座を創設するなど後進の高度教育にも携わってこられた人にしてこれである。横の連帯、かくあるべしといった感がある。僕はまだ講義を受けたに過ぎないが、行動人として尊敬しうる人に会えたことは、今回の研修を通じて最大の収穫だったと思っている。

 終了5時20分。

カタイ話でネタふり出来ず。
 
 


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