Diary
日々の記録
-脱線- (手抜きインデックス)
980720 月曜日
日中寝ていたので、天気不明
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k.m : unknown. nike. samothraki I.(musee du louvre)
小学生の頃、宇宙開発に携わろうと思っていた。子供の夢だ。それがだんだん現実の世界との関わりへの関心から変化してきて、高校の頃建築をやろうと思った。出来れば第三世界で。まだ年若く経験もない僕だが、夢を二段階しか踏んでいないのは多いか、少ないか。
夜の夢を希望なり志と同義に置くのは、昔から違和感がある。英語でもそのようだけど、夜見る夢と同じ言葉というのは、はかない諦観を隣に置いているようで気にくわない。響きと文字の美しさが惜しくて許している。ほかの国の言葉でもそうなのか。
子供の僕が宇宙から地球を眺めている。そして地上にへばりついて、この上なく現実的な建築という仕事をしている僕のことを見つめるように、思っている。そんなイメージを時々頭に浮かべることがある。
一本の夢を織り込むことで、その布が見違えるように美しくなり、愛されることがあると信じて建築する。そんなふうに世間の中で生きようとするなら、きっと現実はドライなだけでは無くなるはずだ。そのうち結果を出さねばならないが・・・・
まだ頼りない決めごと。
カール・セーガン作、ロバート・ゼメキス監督:「コンタクト」ワーナー1997 は、映画をほとんど見ない僕が劇場で観たかった作品。特殊な映像やスペクタクルに魅かれてではなく、セーガンの夢や理想のかたちを見られると思ったから。生来無精者の僕は昨日までお預けにしていた。
15年以上前、セーガンの「コスモス」がテレビ番組になったが、よくいる「宇宙好き」の小学生の僕もあの番組の虜になった口だ。ちょうどヴォイジャーが土星に最接近して、新しい衛生を次々に発見したりしていた時期で、言葉の世界でも視覚の世界でも、もう一杯に期待を膨らませていた。原著の「コスモス」の日本版上下巻は、平易で楽しい内容だったから、当時の僕も何とか理解できた。彼の本はそれくらいしか読んだことが無い。それでもこういうわけで、僕には大切な本だ。
天涯孤独の天文学者の女性が、織り姫星からの信号を捉えると、それは「コンタクト」の為の乗り物の設計図。定員は1名。帰る保証も、最短で52年後の帰還が与える損失も差し置いて、彼女は乗り込んでいく。
途中何度も語られる言葉。
「私たちは孤独じゃない。きっと知的生命はたくさん存在する。でなければ、スペース(宇宙)がもったいないわ。」
セーガンは、映画でも出てくるプエルトリコのアレシボ電波天文台を持っているコーネル大学の先生だったし、実際に主人公と同じように地球外文明探査のプロジェクトを幾度も試みている。彼の没年に合わせたのかどうか知らないが、この映画そのものが、彼の夢の縮図なのだ。
科学と宗教の対話、科学の公開性、資金と運営の実際、心ある仲間達の誠意。映画の中でちりばめられるエピソードは、セーガンにとって、どれひとつ欠くことの出来ない原則のようなものだ。
主人公は訪問先の織り姫星、ベガで、異星人と語り合う。凡百の映画ならここぞとばかりのSFになるが、セーガンとゼメキスが示したのは波打ち際で再会する父と娘だった。
ここでも、ラストでも、星空の下で砂をすくい上げるクローズアップがある。このシーンは、「コスモス」でたびたび挿入される叙事詩や神話、論文のなかにあったものの写しのように思われて、いま必死になってページをめくるが、分からない。人間を真理の大洋のまえに浜辺でたわむれる子供たちになぞらえた、ニュートンか誰かの言葉があったように思うのだが。
代わりに、その引用のトップから
"・・・・私たちのことが人びとの記憶から消え去ってしまうような、はるかな将来の人たちが、さらに多くの発見をすることだろう。私たちの宇宙には、何時の時代にも何か研究するものが残っている。そうでなければ、宇宙は、かわいそうな、ちっぽけなものだということになるだろう。・・・・自然は、その秘密を一度には明かさないものである。"
セネカ:自然の問題、第7巻 一世紀
いやあ、映画ってほんと、いいもんですねえ。水野晴郎、最近見ない気がする。
980719 日曜日
曇り
友人4人と奥琵琶湖へ行く。夏の琵琶湖の人気をなめていたか、かなりの渋滞にまきこまれた。
今日こうしてやってきたのは、ドライブがてら俺のカヌーで遊ぶため。
雨は降らない。しかし曇天は、まず凪いだ水面を与えてはくれない。風が多少でもあると、どうしてもそこそこの波がでる。チリまでこの重いカヌーを持っていく気もないので、今日やってきた誰かが気に入って、奇特にも預かってくれたらなあと思っていたが、波乗り経験者のI君以外、怖がって乗らず。みんなスキーなら怖いもの知らずなんだけど。確かに俺でも楽しめないコンディション。
琵琶湖を一周するように、帰りは湖東をまわって信楽経由で帰着。Kにつきあってもらい、芦屋の事務所まで書類をとりに行く。ついでに久しぶりにビデオを借りて帰る。一日で400キロ走った。さすがに軽自動車では疲れる。
ところが、借りたのが前から見たくて仕方なかった「コンタクト」だったので、連休に甘えて朝方まで見てしまった。
980716 木曜日
雨 涼しい日
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k.m : rodin. pansee
仕事中の足は車の時もあるし、電車の時もある。いい天気で気分も良ければ、車で出歩きたく思うものだが、あんまりそうしていると、俄然読書量が減る。
たくさん読むほうではない。普通だと思うのだが、やっぱり電車の中が一番良く読めるからだ。
楽しみにしている大事な時間を、すき間の時間だけに押し込んでいる。
みんなどこで読むのだろう。
今日は車。何も読んでない。
だから早めに帰れた今日くらい、落書きでもして楽しみたいと思うが、落書きを眺めるだけにしよう。
たびたび書いてる、去年の暮れのヨーロッパ旅行の話。建築・美術行脚のつもりだったから、自然とスケッチもした。貧乏性で、あれもこれもと歩くので、何一つ時間をかけて描かなかった。
みんな試してみればいいのに。上手下手でなく、おおいに気取ってスケッチすると、美しいと感じたものを何だか自分の物にできるから。手に取り、愛撫し、ほおずりし、ええと、噛んだりなめたり、抱きしめたりと、そうして得られる満足みたいなものが、また少し違ったかたちで得られるから。
強いと感じたもの、胸が悪くなるもの、崇高なもの、じれったいもの。心をかける対象に、もうちょっと迫ってみる。
ちょっと昔読んだ、ビョークという歌唄いのミュージシャンのインタビューが面白かったのを思いだす。こんな感じだった。
"わたしは、練習なんてしない。あなた、セックスするのに練習する?
おんなじよ。
そのときの私をぶつけて、出して、それでいいの。
私の歌はそんな歌。"
チェロ弾きのヨーヨー・マの演奏するところが、頭に浮かぶ。汗だくで身もだえしながら、やがて音楽そのものの中にさえ溶けてゆくように、チェロをかき鳴らす彼の姿。・・・その気で見ると、ごっつうエッチっぽい。
あのとき、俺がゆっくりスケッチしなかったのも、美人揃いで浮足立ってたからだろう。そして、この大阪の町で、そんな気にならないのは、なにそそるものが無いからだ。
でも本当は俺がまだウブで、何にも分かってないからか。
すぐ足元の風景に、気持ちをかけるようになるには、例えばきっと、誰かと暮らしを共有することが必要だと、最近つくづく思う。ネットで日記を読んで感じて来たことだ。
子供や夫や、隣人達を愛するのは、彼ら彼女らが美しいからではない。それは・・・
980713 月曜日
涼しい日
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k.m : project. hall.
午前京都市役所にて届出、訂正等。
昼過ぎ、北山通りの集合住宅の現場を見る。
ここは母校の大学の北隣。その大学には美術工芸資料館なるものがある。ポスターのコレクションを目玉にした、収集・展示・研究の施設。ちょうどノルウェーの建築家スヴェール・フェーンの展覧会をやっていたから、見てゆく。
聞いたことのない建築家だったが、1997年のプリツカー賞を受賞しているという。(プリツカー賞は建築におけるノーベル賞といわれる)知らんなあ。
実直な印象。これは、展示方法自体が写真と図面、いくつかのスケッチだけで、ちょっと地味すぎたせいもある。だが僕自身、何よりも引き付けられたのは、その図面だった。
特に美しいという訳でもないが、とにかく線がしっかりと引かれていて力強い。欧米の建築事務所の図面に良く見られるとおり、ディティールは、絵だけ描いて字は少ない。でも、出来上がる空間への意図が伝わる紙面だ。(画像は僕の作品ですよ。もちろんアンビルト)
現場の前にある、シンプルな紅茶屋でアールグレイティーを飲む。休息を深く楽しむ為に、好きにスケッチする。運のいいことに、ひとり客用の大テーブルの反対側に、見たこともないような美人が座っていた。もしもっと僕に勇気があったなら、書き物をする彼女のことを写したろうが、小心者には気障に過ぎた。
で、代わりに、ある部屋を空想して描く。窓辺のしつらいを大切にしたよという、いつかWEBで見かけた言葉を思いだしながら、今の僕なりの窓辺を。
夕刻、今日も芦屋の事務所へ。珍しく速足で歩いた。今日はそれが気持ち良かったから。
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