Diary
日々の記録
980711 土曜日
まだ梅雨だったんだな
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芦屋の事務所で施主の方と打ちあわせ。
ここの会社は韓国系で、今日来られた社長令息の彼とは、よく朝鮮半島事情の話をする。僕自身は日本国籍だが、以前から朝鮮半島にはちょっとだけ関心があった。ともするとデリケートな話題ではあるけれど、彼の非常に率直な対話の姿勢のおかげで、遠慮無く会話できた。日本に暮らす半島の人間として、僕が知ることも想像することも出来ないことまで、いろんな部分で、高い自覚を持っているような気がする。
いわゆる朝鮮学校から京都の大学で法律を学んだという彼。在日三世だという。特に一族の結束が堅かったのか、祖父からは母国語で育てられたので、今は日韓英の三カ国語を話す。
大宅賞を受けた野村進「コリアン世界の旅」講談社1997 によると、同じ在外コリアンでも、民族的な帰属意識は国によってかなり違う。例えばロサンゼルス暴動の時、打ち壊しの被害にあったマーケットの多くに、在米コリアンの店があったことは良く知られているが、彼らは在米コリアンといっても、つまり、韓国系アメリカ人だ。彼によると在日コリアンは年間5千人程度が日本に帰化するらしい。それでも韓国籍を日本に移すのには、事情はともあれ抵抗があるようだ。日米のコリアンの間には、国籍に対する意識にかんしてかなりの差がある。つまり、現在までの歴史には差があるのだ。
今日、話をしていて、確認できたのは、日本名のこと。
通称名としての日本名は、人それぞれで、かなりの数の韓国・朝鮮人が使用しているが、帰化するときにどうするのかが、前から知りたかった。僕の個人的な気持ちでは、母国の文字を使うことは出来なくとも、少なくとも本名そのままを、日本における法律的にも正式な名前として使えて当然だと思うのだが、実際の帰化の際には日本風な名前とするように指導されるらしい。おかしな話だ。
サッカーのラモスやロペス、相撲の小錦八十吉は、帰化名もやはりあの名前なのか。日本人とは、「ある想定された」日本らしさを名に冠することが用件なんだろうか。彼らは、進んであの発音や漢字表記を選んだのだろうか。戦前の「創氏改名」と帰化名の指導の主旨とは、どう違うんだろうか。
僕自身の国が持っている、僕にとって何ともフィットしない制度が存続し続けるのは、どうにも気持ち悪い。自分の名前くらい、好きに出来ないかと思う。
もう20年くらい前、国連が国際児童年と定めた年だったと思う。ゴダイゴが歌った「ビューティフル・ネーム」を思いだす。(これもちょっとうろ覚え)
****なまえ それはもえるいのち
ひとつのちきゅうに ひとりずつひとつ
ひとりずつひとつ****
以前、旅行中知りあったイタリア人に、僕の名前が変わってるなあ、といわれた。なるほど。ケンイチロウはいいにくい。では、イタリアに帰化するなら、ミケランジェロとでもしようか。ミケランジェロ・マツオカ。なかなかうっとりする名前だ。
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