Diary
日々の記録
過去の画像を軽くしました
980629 月曜日
晴れ
午後の最も暑い時間帯。京都駅から電車に乗る。大阪までは京都南部の冴えない景色の連続と、何かあるべきものを欠いたのではないかと思えるような、北摂南部の町並。
それでも、もう梅雨は終わったみたいなこんな陽の下には、夏らしいまぶしい白い道や歩道橋や校庭や街路樹が、くっきりした影を落としている。冷房の効いた車内にいて眺める分には気持ちよい。
語学の教科書はこの際止めにして、さっき買った杉浦日向子の「二つ枕」(ちくま文庫)を読み始めよう。彼女が描く江戸物の漫画は結構好きだ。この短編集は題号宜しく遊廓もの。春画じゃなし、半端に床の描写を入れたりしないのは、女性作家らしくかわいらしい。
とはいえ味わいつつページを繰るには、この4人席ではちょっと気も引けた。
登場する男に、まだうぶな少年客をよくもってくるのは、やっぱりイノセンスを保つ為か。彼女も、ある状況のなかの「女の子」を描きたかったんだろう。
ついでとばかりに同じく筑摩の「山頭火句集」を買ったから、うれしそうに開いてみる。ううっ、じじむさい。衝撃的なくらい字が少ない。1ページ50字位しかない。それだけに紙はきれいなものを使っていて、他の文庫とは違うもののようだ。
酔うてこほろぎと寝てゐたよ
うらぶれてはいるが、でもやさしくて顔がゆるんだ。酒と水を愛した山頭火。俺も今日は(今日も)ちょっと飲もうか。そしていつかは、こほろぎと。
ここで締めたかったが、記録。もう1冊は木下是雄著、中公新書「理科系の作文技術」。理系らしい文章も書けるようにならんとね。建築って設計で卒業できるから、はっきりいって論文かけない人多い。素直にこういうのを読んでみよう。
で、芦屋についた。事務所へ歩いてゆく。
980628 日曜日
曇り
・・・・「やわらかい機械」たちが光り、動き、音を出すにぎやかな展覧会
マンガ家、坂田靖子の古い作品の「やわらかい機械」を御存知だろうか。髭のおじさんと小さな音をたてるシリンダーの恋物語や、中世の王様と気象観測機のほろ悲しい出会いなど、人間と機械という異質なものの交流の物語である。
「ひかる・うごく・おとがする」展には、そのマンガと同じ匂いがする。これはマルセル・デュシャンからヤノベケンジまで、20世紀初頭から現代に至る動いたり、光ったり、音がする芸術作品を展覧するもの。いわば「やわらかい機械」たちが一堂に会する「にぎやかな展覧会」だ。
出品作品は他に、イサム・ノグチ、ジャン・ディンゲリー、ヨシダミノル、クリスチャン・ボルダンスキー、中原浩大、柳宗典、藤本由起夫、ピーター・フォーゲルほか・・・・
Meets Regional 1996年4月 76号より
行きたかったのに、行けなかった。
紹介記事がなんだか気に入って、書き写していたのを読み返してみる。
あれから2年以上経っている。このMacも毎日顔を合わせて、もう1年以上になるか。やわらかい機械。感謝してる。
パソコン供養なんていうのも、そろそろどっかではじまるんかいなあなんて、しまらない空想もしてみた。
980622 月曜日
曇り
本日は土曜日の記録で終わり。まだ洪水の様にお仕事。変な生活。
でも仕事なんかで辛いときは楽だ。駱駝。期限が来る。だからいついつ、いつごろには此れは既に過ぎ去った嵐となっているであろう、と考えることにする。そしたらつべこべ言う気も無くなる。
さあ、駱駝。次のオアシスまでの辛抱だ。
そういえば、黒い花びら。ちょっと歌詞ちごてたな。昔の歌謡曲、水原弘は演歌じゃないと思うが、なかなかCD売ってないものだ。中古屋でやっとこさ手に入れる。
色っぽい歌だ。
980620 土曜日
夕日はきれい
自分の時間どころか寝る間もない。あゝ野麦峠。建築が嫌いにならんかったらええけど。
が、今日は夕方から抜け出す。学生時代の先輩Sさんを中心に建築の勉強会みたいなものを始めたのは今年の1月。今日はお楽しみの第2回。「アジア、すまいづくりの新規格」と題して。自主制作映画の上映も予定にあったが、残念ながら次回以降に。本日はスライドショー、「台湾 ランユー島イバリヌ村 ヤミ族の暮らし」。大学で助手をしているAさんが講師。とっておきの写真とお話。
大阪市は大正区の住都公団の団地14階。K邸にて。古色蒼然といってもいい集合住宅。街の長屋を持ち上げたような感じ。玄関も開けたまま。西に「悲しい色やね」(上田正樹)の南港を見晴らす部屋。今日は男女10人ほどの歓声が響く。
Aさんは僕よりまだ若い。でも院生時代から先生に付いて、毎年ひと月ずつ現地で建築のフィールドワークを続けてきた。大学や住いが僕の家から近いので、以前帰宅の電車で会ったこともある。にこやかで物静か。でも人懐っこい。知りあいに学者なんていないし、僕の方もチリでの調査の方法に関して文献を聞いたりさせてもらっている。
いや、かなり面白かった。ヤミ族。
Aさん、写真うまいわ。いつも世話になっている夫婦の写真が美しい。近所のおっちゃん、おばちゃんにもいるような方々。Aさんを気に入ってるらしくて、養子になれと言ってくるそうだ。
火山性の小さな島の絶景と、沖縄の住居にも似た屋根屋根。
この習俗、世界観もやがて消えてゆくだろうという。台湾政府としては観光以外に価値は見いだしていないらしい。専ら研究者が彼らの文化の為に活動している。
腹も減ったし、台湾ビールも切れた。沖縄料理屋へ移動。ここ大正区は沖縄出身者が多いことで知られる。僕の母親は熊本だからか、苦瓜(にがごり、と呼んだりもする)などは馴染み。60度の泡盛を囲んでわいわい。
はなしは台湾、沖縄からフランスへ飛ぶ。K邸で、今度はサッカー。
「ええぞ、走れ野人!」「川口も上がれ!」
テレビに突っ込んでみてもだめ。
かなわない希望は安売りされる。いつの間にか決勝へのトーンは一勝をあげることになり、ワンゴールを奪うことに落ちてゆく。夕方の市場の値段に同じ。卑屈だ。しかし親ばかみたいなもので、心をかける相手にはねぎらいの言葉をかけたくもなる。
スポーツって相対的な勝ち負けをはっきりさせるから、負けに喜びを探そうとするとつらい。「でも頑張った」ではない。いい試合は敗者もヒーローになる。結局僕らは勝負にはクールさを、闘いには感動を求めていると思う。
そういう意味では、かつての「ドーハの悲劇」はやりきれない負けだったが、卑屈な喜び探しを寄せ付けなかった。負けることに不条理を感じるのは合理的じゃないはずなのに、真剣な祈りを否定されたのだ。ドライに過ぎるが、悲劇と呼んでいいドラマだったと思う。現に今の日本チームの原点になってる(と思うけど)。
次回の企画は会場を台湾にうつすことで盛り上がる。しかし、60度が入ってたので定かでない。
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