980206

 昨日買ったズボンの寸法直しを取りに行った。
 妹に車で駅まで送ってもらう。11時発の東京行き深夜バス、JRドリーム号に乗り込む。乗客達は発車と同時に眠りに着く。皆いつもこんなふうに早寝なのだろうか。
 荷物を決めるのに、ちょっとばかり時間がかかった。東京では、ローマで出会ったナミコさんに会うので、ヨーロッパ旅行の写真やスケッチをまとめようと、昨日クリヤーファイルを買ったりしてたのに、結局時間に追われてそこまでできず。
 いつもながら少々大きい荷物になる。重い。
 

980207

 朝7時過ぎ東京駅八重洲口に到着。土曜ということもあって、人はまだまばら。開いてる店も少ない。去年、VANとUNHCRのシンポジウムで来たときも同じバス、時間帯だったから、そのとき朝飯で大概歩いた事を思いだし、前に行った地下街のマクドナルドで朝食。
 9日の月曜日には青年海外協力隊の2次試験があって今回の東京行となったが、どうせだから思いきり東京見物をきめこむ。
 マクドナルドで1時間近く建築ガイドとインターネットでチェックしてた展覧会リストとにらめっこ。コースを決める。

 地下鉄に乗って伊藤忠太の築地本願寺へ。駅に降りて地図で確認。なかなか分からなかったのに、後ろを向いたら目の前だった。
 思ったよりも小さかった。装飾過剰などとは思わなかった。むしろもっとやって欲しいくらい。インド建築を参照しているのも、本願寺派としてはなるほどというところで、宗教的に無知だと驚くことになるのかな。
 本堂の内部は日本建築のアレンジ。外部が石造を基本としたデザインであるのに対し、これは全くの木造。照明も彼の作品だろうか。なかなかのものだ。全体として、ちゃんと全てのスケールをデザインしており、間の抜けた感じがない。さすがに古典を学び尽くした建築家だ。

 昼前から上野公園の東京都美術館へ。前川国男の作品だ。割と晩年の物だろうと思う。同じ公園内にある東京文化会館のコルビュジエ風のロマン的な意匠とは異なり、赤い煉瓦風陶板で四角いマスの集合として造られている。
 ここでは英国祭98の一環としてテートギャラリー展が行なわれている。美術館自体は余り面白いとはいえない作品に思えたが、手堅い見本みたいなものだ。
 テートは結構な名品が多いと思った。誰だかの「オフェーリア」は絶品。人だかりもひときわ多い。多分ハムレットの作中人物なんだろう。美しい女性が花咲く沼に浮かんでいる様は、文章では表現しずらい雰囲気を醸す。子供の時に何故か目にしたスケベな本の一ページにも、こんな沼にヌードの女性を浮かべていたが、やっぱり官能的だったよなあ。

 池袋のセゾン美術館の「デ・スティル展」はパスして、本屋で安い宿を立ち読みチェック。予約する。公務員共済会のホテルにした。シングル6500円程度。

 同潤会アパートも見たかったが、取り壊して久しかったかも知れないのでやめて、東京カテドラルに向かう。池袋から地下鉄で護国寺駅。10分ほど歩くと坂の上に見える。
 1964、丹下健三によるもので、箱の構成の基段の上に十字形平面の大きなシェルをかけたコンクリート作品。カトリックなので見学は自由。ヨーロッパと違い、トイレもある。
 これは傑作といっていいと思った。大げさな表現というのでなく、厳かさをきちんと込められたダイナミックな空間。側廊部分もあって、こちらは慎重で繊細な造形。バチカンにあるミケランジェロのピエタの完全なコピーが置かれている。ここでピエタを見られるとは思わなかった。
 外部の屋根はアルミニウムで、当時としては相当に斬新だったろう。今も美しく、力強く輝いている。村野藤吾の宝塚教会は余り良くなかったが、ここは言うことなし。

 3時に表参道のスパイラルへ。槙文彦の商業建築の佳作とされる。ここで安藤忠雄事務所で一緒にバイトしてたM浦君と待ちあわせていた。5年ぶりだろうか。ちょっと大人っぽくなったが、髪形も物腰もほとんど変わりない。お互いさまかな。
 槙作品はここも奇麗だが、しかし、感動は無い。清潔だし、爽やかだし、きちんと出来てるが。なんでかな。たたずまいは非常に卓越したものになっているが、中身がない。なんにも祭らない仏壇みたいなものだ。きれいなものを並べた百貨店のように、どこまで行ってもブランドの直営店のようにはホスピタリティを持てないのと同じ。
 ちょろっと見て出る。槙さんがどんな複雑なものも、大きなものも、小さなものも、プログラム上は解決することは認めるが、俺はこんなのは造りたくないと思う。
 M浦君は風邪でしんどそう。でも折角なのでと、元気に歩く。渋谷まで歩く。東急の文化村を覗いて白井晟一の松涛美術館へ。残念ながら休館。
 基本的に良く出来てると思う。でも外装の石積みの化粧は良くない。施工者が下手だったんだろうが、建築家が石を理解していないと思われるぞ。目玉の空間である、中庭となっている円形の吹き抜けはブロンズ色のアルミキャストで、真新しい感じがするほどしっかりしている。白井作品は、新しい材料をごく普通の使い方で、いいディティールで使う。逆にいうと何となくゼネコンの作品みたいだが、質実剛健というべきか。

 続いて歩いて代官山のヒルサイドテラス。これも槙作品。1969から30年近く続く連作の商業建築群。ここも奇麗でおすましさん。もっと落ち着いた格好良いところかと思っていたが、意外にもほとんど観光地。ヒルサイドテラスの浮き彫り案内図までデカデカと置いてある。
 お店も良く似た雑貨屋ばかり。20代の女性を狙った雰囲気。後は金持ちの30代向けの家具屋。もうちょっと大人っぽいというか、成熟した商業地域にならないものか。欧米なら3流だ。本とに落ち着いた、格好良い場所にしようという努力が、中途半端な感じ。デベロッパーが悪いのか、いや、日本ではそういうのは成り立たないのか。京都なんかの伝統的な物産を売る店はそこそこの雰囲気なのだが。残念無念。

 腹も減ったし、M浦君のお気に入りの店へ。歩いてちょっと行ったところの恵美須の英国パブ。看板も入り口ドアさえない店だ。何とシャッターの降りたままの横の防火ドアから入るのだ。
 ちょっと高め。カウンターでビールや向こうの惣菜をその場でチェックしてテーブルまで戻って飲む形式。ビール900から。惣菜は各種のパイに、野菜の付け合わせ付きが1500ほど。二階席に陣取って10時までずっといた。夕方からだったから、長かったが、自由な感じがイコゴチ良かった。M浦君はここは格好良いでしょうと、しきりに言う。たしかにいい店だった。客の3分の1以上は外人だろう。8時半からはライヴも。店中大騒ぎ。

 彼とは近況というか、バイト以来のこれまでのことの報告をしあう。やっぱり働き始めて5年も経てば、さまざまに面白い話があるものだ。
 2年目が終わるころが一番いろんなことがあったようで、まず最初に勤めたKアソシエイツを退職する。年末に僕らもやった横浜国際フェリーターミナルのコンペのあと、経営状況の悪化で給料が滞ったのが大きいらしい。俺と似たようなパターン。その後、行きつけの歯医者の改装を友人の内装業者とやって、半年ほどして現在のD計画研究所に。
 これまでに何度か旅行もしていて、卒業旅行の北欧行に始まって、モンゴル、マレーシアなんかにも足を伸ばしている。また、個人でコンペにもよく応募しているそうだ。

 俺も今回の目的が協力隊の二次試験であることを種明かし。でも、あまりきちんとは話せなかった。

 本とに5年ぶりだった訳だが、安藤事務所でああして一緒にやっていたことが、こんなに久しぶりでも打ち解けた関係を造りだすものかと思った。

 ホテルへ戻り、素っ裸になったところでベッドにひっくり返って見たら、そのまま寝てしまっていた。
 

980208

 ほとんど目ぼしい建築作品は昨日で回ってしまっていたので、今日は幾分ゆっくりしてゆく。10時ちょうどでホテルを出て、中目黒駅前のハンバーガーショップで朝食。夕方に会う約束のK山奈美子さんに確認の電話。それから今日の予定を立てる。

 五反田の東京デザインセンターへ。マリオ・ベリーニの作品。イタリアンだと思われるが、割と素人好きのする造りかと思ったら、そんなことはなかった。結構しっかりとしている。構成や、ディティール、どのスケールも見るべきところの多い作品だった。

 日本での、日本人建築家による作品に良いものが少ないのは、クライアントやら法律のせいのように誰もが思っていたいのだが、やはり実際には建築家の力量の差にほかならないと思う。
 何がどう違うのか。なにもかも違う。段違いに力の差があるのだ。そして何よりも、美的な部分のセンスというか、創造力が違う。そしてそれを実現するときのこだわりも全くすさまじいものだろう。

 K山さんはかなりのミケランジェロ好きで、本を探しているということだったので、俺自身の本探しもかねて、神田の本屋街へ行く。古本屋の多い街だ。神田といっても広い。神保町で降りる。じんぼうちょう、と読む。
 漫画専門の古書店があったので入ってみるが、坂口尚はなかった。で、ほかの店のことまで教えてくれたが、日曜日は閉店が多い。仕方ない。
 五十嵐直実さんは坂口の後輩に当たる漫画家・イラストレーターで、俺のメールに丁寧に返事を書いてくれた方。彼の一番好きな坂口作品である「12色物語」をずっと探し歩いているのだが、なかなか見つからない。絶版になると、難しいものだ。感想のメールを早く送りたいんだけどなあ。

 で、件のミケランジェロ探しになる。とりあえず、三省堂で俯瞰してみる。岩崎美術社でいいのがあった。が、シリーズもので一冊7200円ほどする。中古屋で同じものを探すことに。
 明日の試験中は結構待ち時間があるらしいので、中公新書の「ハングルの世界」という本を買ってみた。最近朝鮮半島関係の本を良く買うなあ。K山さんに聞いてた、沢田教一の伝記「ライカでグッドバイ」は無い。ああ。
 運良く「画家ミケランジェロ」「彫刻家ミケランジェロ」「建築家ミケランジェロ」の三冊組が近所の古書店で見つかった。しかも、セットで15000円。ちょっと迷ったが、まあ、あのミケランジェロがそんなのでカバーできるのなら、安いものなのかも知れない。やっぱり、結構重いな。

 昼飯抜きがそろそろ辛い時間になったので、すぐそこのそば屋へ。安くて結構うまかった。

 4時。新宿東急百貨店エントランス前のチケットぴあでナミコさんと落ち合う。10分ほど遅れて来た。イタリアで着ていた襟の高い茶色のロングコートに、今日は霜降りのグレーのパンツと、四角いバックルの付いた何とかいうブランドの中くらいのヒールの大人っぽい靴。おしゃれだなあ。少しもいちびったような所の無い、すきっとした若い大人の格好。 「お久しぶりですー。」 と、ちょっと懐かしい落ち着いた声の持ち主は、今日の朝大阪から夜行バスで戻った所。今まで仕事だったという。何やらコピーの束の入った小さな手提げを持っている。仕事がたまってるのかな。明日は月曜日なのだが。疲れてるだろうな。

 歩いて新宿パークタワーへ。英国祭98のイベント「新しい都市環境=現代英国建築とそのヨーロッパにおけるコンテクスト」展へ。長い名前。
 歩く道すがらあれこれ話す。そろそろ敬語もやめたいのだが、何となくですますになってしまう。
 英国建築展の前に、家具のディスプレイを見る。建築家として?家具の話など。

 さて、建築展。おなじみのノーマン・フォスターやらニコラス・グリムショウ、オーヴ・アラップといった、先進的なイメージの建築家のシリーズとしてキュレーティングされている。俺達のような一般建築人にはすんなり来るラインナップ。逆に知らない建築家は少なかった。
 ナミコさんはこれ以上無いくらい丁寧に見て歩く。なかなかに好奇心おう盛で、的確な視点を持っている。さすがは編集人といったところか。フォスターがお気に入りらしい。

 出口で、それぞれ図録を買って出る。閉館までいた。

 彼女のエスコートで日本酒のバーへ。会社の接待で、以前使ったことがあるのだという。パークハイアットかと思っていたらしいが、京王プラザホテルの地下一階だった。
 ドライエリアを降りていくと、そこが広い坪庭になっていて、さすがにアダルトな店だった。夜の庭を眺める大きな丸太の一枚板の続きのテーブル席に座る。横に並んで。

 あれこれ何を話したろう。とりあえず、旅行の写真を見せたり、彼女のコロッセオ前のスナップをプレゼントしたり。
 メニューは和風で、当たり前ないい料理がたくさん。でも、彼女はあんまり飲まない。結構いける口だと言ってたのに、ローマでもそうだったっけ。

 何故か8時でこの日は閉店だったので、新宿の駅前のショットバーへ移動する。ちょっとした馴染みのようだった。
 ここで、ミケランジェロの本を貸してあげた。彫刻家・・、の一冊。彼女自身、やはり最も注目するのは彫刻なんだという。

 この店までの道中で、彼女が旅行中読んでたO・ヘンリの作品について聞く。好きなのは「賢者の贈り物」という作品。後日読んでみた。つまり貧しい二人が、互いに一番大切なものをプレゼントに交換してしまうと、どちらもすれ違っちゃう、と言う話。心が、でなくて。髪飾りを買うために金時計を、金時計につける鎖のために美しい髪をそれぞれ交換してしまう。でも、そのことは二人にとって最高の確認となった。
 「最後の一葉」も教えてもらう。散りゆく蔦の葉が全て散るとき、命がつきると信じる若い絵書きの女の子のために、嵐の夜壁に決して散らない最後の一葉を描いて死んでゆく老画家の話。
 単純だけど、でもこのストーリーに感動する心を失いたくないと思う。

 こういう話もした。
 何でこの話になったか忘れたけど、泣く、と言うことについて。
 男は大人になって、ほとんど泣かなくなる。そうしているうち、実は泣くという感覚を忘れてしまってるんじゃないかと思うようになった、と言う話。
(だから久しぶりに涙が出そうで苦しいとき、涸井戸にわき水が染みてくるように感じて、その感覚に心を奪われそうになるほどだ。むしろ涸井戸にウォッカのストレートを落としたような感じかな。)
 最近何時泣いたか聞いてみた。詳しくは書けないが、女性は何事も自己に引き寄せて、涙することが出来るんだろうかという印象。

 彼女は25歳だから、1973年生まれか。4つも年下。しっかりしてるよなあ。3年前にUと出会って別れたのも、彼女が25歳になる年だった。

 11時になって終電も近いし、彼女は明日仕事。俺は試験。ということで、ここで切り上げて新宿駅で別れる。じゃあまたねと、あっさり切り上げると彼女の癖で少々目をぱちくりしてから、
「じゃあ」
と返事が返ってくる。

 ホテルは実は11時門限だった。ありゃりゃ。フロントは案の定真っ暗だったが、当直の男性が鍵をくれた。ほっとする。
 今日は風呂無しの部屋なので、共同浴場へ。ここももう閉まってる時間だが、大丈夫だった。ゆっくりつかってから寝た。
 

980209
 月曜日

 9時から青年海外協力隊広尾研修所にて二次試験の受付。体育館で説明、および待機。一般面接、技術面接、健康診断、歯科検診、現職参加の為の面談など。

 一般面接というのは海外での協力隊事業を進めるうえでの適性や心づもりの確認である。やる気満々風に、しかし社会人としての知的な落ち着きをもって対応したつもり。これまで考えてきたことを十分話すことが出来たんじゃないか。
 技術面接は経験に基づいた厳しい口頭試問への回答を迫られるのでは、と考えていたが、実際はそういう事は既に筆記試験でもやっているので、今回は具体的な派遣について吟味する機会となっていた。 つまり、筆記の結果やこれまでの経験、学生時代の専攻及び卒業研究について尋ねるとともに、インタビューの内容から具体的な派遣要請先の検討をするのだ。
 筆記試験の設計問題の解答図面はなかなかのものなので、一級建築士だったらケニヤで設計をする要請に合っていたのだが、それはかなわないので、都市計画でもいいかと尋ねられる。また、英語圏にこだわらないで欲しいとのことで、念書までとられてしまう。スペイン語圏であるチリからの要請があるからだ。都市計画はよいのだが、英語圏での活動は、今後国際協力業務を進めていくという俺の希望の為には、あまり譲りたくないところで、イエスを返答するのは結構苦渋の判断となった。

 歯科検診では 「きれいな歯だなあ」 と医者にいってもらえるなど、いい結果。

 待ち時間は結構な長さだったので、「ハングルの世界」を読みだした。ところが席の決め方が職種ごとだったので、当然隣も建築関係の方。熊谷組に勤めているという30歳の既婚男性だ。当然お話しすることになる。既婚なので、面接でも俺のような独身者とは内容がちょっと違っていたらしい。子供はまだいないそうだ。
 また、奥さんを連れていくのも制度としては用意が無いし、任意なら仕方ないとは思うが、原則で禁止なのだそうだ。
 建築関係の人は30台も多いようだ。また、女性も多い。皆妙齢ばかリなので、なかなか覚悟のある人々だ。既婚女性の協力隊経験者に話を聞く機会が募集説明会の時にあったけど、そういう人がいるのは、協力隊に応募する人には珍しいことではないということだ。

 また、全受験者を対象に協力隊の制服なのか、ブレザー制作のため採寸を受ける。紺色の起毛したウールのブレザーだ。

 夕方になって、かえりの夜行バスまで時間があるので、久しぶりに映画でもみようと渋谷の文化村へゆく。予約窓口で座席引換券を買う。「タンゴ・レッスン」というフランス映画。上映時間までハンバーガーショップで食事。それからアート本屋さんで立ち見。
 映画はまあ二流なんだと思うが、とにかく監督の中年女性自ら主人公になって助演のタンゴダンサーと踊りまくる。彼女の自己満足優先型の映画だな。その彼は目茶苦茶色気があってかっこいい。これ以上無いような万能のダンサーだ。監督さんのタンゴはちょっと堅いけど、それなりにたいしたもんだ。男三人と一緒に、広いダンスホールを踊る長回しのワンシーンは圧巻。
 また、音楽がとにかくよかった。タンゴは本当に素晴らしい。こうした音楽と踊りをたしなみとして、今に生かしていられるアルゼンチンを始めとするタンゴの国々は、なんて文化的なんだろう。チリはどうなのかな、なんて考える。
 終演して退場してゆく皆は、もうタンゴダンサー。なんとなく身のこなしも軽く、優雅。俺も何気ない動作でさえ踊りに繋がるような気がするくらいで、踊りだしたい気分だった。俺がほんとのダンサーだったら格好いいのにな、なんて空想するほど。(ヤクザ映画でなくてよかった)

 にわか気分のダンサーは、カレーを食べてバスに乗り込み、東京を後にしたのだった。
 順調に試験をパスできれば、恐らく広尾での訓練が9月から始まるはずだ。