2006年06月20日
本日法廷。被告は答弁書も出さずに欠席。
来週までに音沙汰がなければ判決。
先週は時間があったので地裁に行ったついでに一件詐欺事件を傍聴。
被告人は私が昔いた土地で建造物進入から始まって、スナックで無銭飲食を繰り返したらしい。
あの季節。やたら寒い冬の夜をなんとなく思い出していた。
灯油ストーブの不完全燃焼の匂いが漂う場末のスナック。
凍えるような北の酒場に吹きだまる、いきどころのないやるせなさや。
裁判所というところには人の生きざまが凝縮されているような気がする。
2006年06月04日
気がついたら6月になっていた。
昨年12月に転職した会社にもやっと慣れてきて、机の上の地層も前の会社と同じぐらいたい積している。
長くいた営業の世界からはちょっと遠のき、代わりに社内の雑多な仕事にを出している。
VPNの構築やVoIPなどの知識も勉強する傍ら、法務的な仕事で裁判所の食堂もなじみになりつつあったりする。
通勤時間が長いので本が読めそうなのだが、現実は睡眠時間の一部に組み込まれてしまっていて、それもかなわぬ夢。
とりあえず生きてます。
2005年02月19日

夜半過ぎに降りだした雪も午後には雨に変わった。
今日は一ヶ月ぶりの病院。処方はかわらず。
めまぐるしく日々が流れてゆく。
バレンタインも無事に終わり、日々がめまぐるしく過ぎてゆく。
先週はスーパーひたちで茨城の勝田というところへ仕事で行った。
禁煙車の指定をとったのだが、隣の席の初老の夫婦がうるさくて、鬱陶しかった。
二人とも携帯を持っていたが、着信音をフルにしてあつて、ひっきりなしにけたたましい着メロが車内に響く。そして大声で話す。
移動の時間はささやかな睡眠時間にしているのだが、この日は眠ることができなかった。
2005年02月05日

出張で東海道線に乗った。
真鶴・湯河原、と車窓からはときおり冬の海が見え隠れする。
亡き母に連れられて、湯河原に遊びに来たのはいつの頃だったのだろう。
季節は真夏で、焼けた砂とサンオイルの匂いだけが記憶に残っている。
民宿には冷房なんてものはまだ無かったけれど、海からの夜風が頬を撫でて気持ちよかった。
2005年01月16日
2005年01月02日
あけまして、おめでとうございます。
元旦でちょうど、このblogに越してきて1年が経ちました。
2004年は後半から仕事が忙しくなって、更新もままならない状態゛になってしまいましたが、
今年は暮らしにもゆとりを持っていきたいものだと思っています。
0005年が皆様にとってより良い年になりますよう、こんな席から恐縮ですが、お祈りしております。
2004年12月26日

気がついたらクリスマスも終わっていて、外に出たらツリーが門松に変っていた。
12月25日から26日になるときの街の変化には毎年のことながら驚かされる。
24日は祖父の命日なので、前日に近親者で例年の通り偲ぶ会をやった。
毎年この時期は仕事が忙しく、去年は23日に休出しなかったことを後日社長にくどくどと怒られて鬱になったりもした。
イブは定時でみんな帰ってしまった会社で残業。
データ処理をしていると、某社の専務からメールの嵐。
それにひとつひとつレスしているうちに夜がふけてくる。
スーパーも終わってしまったので、コンビニでちっちゃなクリスマスケーキを買って帰る。
ジェニーにはクリスマスの特別食、高級猫缶などを。
2004年12月19日
盆からこっち、あまりにも職場と家の往復だけなので、季節感すら欠如してしまっている。
例年ならそろそろ書く「ノエルの頃」も今年はなかなか書き出せないでいる。
年賀状も買ったもののまだ袋から出していないし。
ネット通販で頼んでいた猫砂がやっと届く。先週もずっと帰りが遅くて不在だった為、8kg×6袋で50kg近い箱を3回も宅配業者に持ってこさせてしまった。あとは処方食のw/dを買えば、猫の年越し対策は完了だ。
2004年暮れ。ジェニーと暮らしはじめて3年が経つ。
2004年12月12日

所用で渋谷に出る。
気がつかない間に街には光が溢れ、楽しげに語らう恋人たちが闊歩していた。
いつからクリスマスの近づく街はこんなに艶やかになったのだろう。
昔は三角帽子をかぶった酔っ払いのお父さんが風物詩だったというのに。
あなたが逝って二度目の冬が来る。
唐突に来る。
なんの因果かわからぬが、今宵もまた現世からの叫び声が聞こえてくる。
「助けて……」と。
その声すら、大音量のクリスマスソングにかき消されてゆく。
2004年12月05日

木曜日の朝7時に出社。それから休む間もなく完徹して、金曜日の夜7時まで仕事。
帰宅して泥のように眠る。
土曜日は昼に一回目が覚めた。メールチェックすると、社長から「のんびり休んでいる状況ですか」というメールが入っていたが、返信する気力もなくまた寝る。
夜になってやっとすっきりと目覚め、そういえばしばらくろくなものを食べていなかったとばかり街に出て肉を食いあさる。帰宅して朝まで寝る。
盆からこっち、ろくに休んでないなぁ。そういえば夏休みもまだだし。
銀杏並木も知らぬ間に散りはじめていた。
2004年11月14日

ほとんど寝に帰るだけの日々が続く。
土曜日は休出してデータ取り。夕方にデモ機を大阪に送り、飲み会のために渋谷へ出る。
駅を降りると、すでにマークシティーのあたりには巨大なツリーに灯りが点いていた。
18:30宴会開始。中学生から高校生の頃に趣味を通じて知り合った仲間12名と飲む。
年に一度集まって、こうして飲み会をやっているのだが、癌の手術をして間もない人がいたり、大きな負債を抱えてしまった人など、この歳になると人間模様も様々。
宇田川町でカラオケ二次会。最終の中央線で帰宅。
2004年11月03日
季節はとうとうと流れているようだ。
今日、休日出勤しようと駅で電車を待つ間、ふと視線を上げるともう街路樹がところどころ色づいていた。ついこの間まだ暑くてしかたなかったというのに。
夜まで仕事をやって、かたづかないままにipodで鬼束ちひろの「月光」を聴きながら帰宅する。
どくだみ荘のかび臭い六畳間で彼女とヒザを抱えてこの曲を聴いてからもう1年半が経つ。せわしない日々の中でふと逝ってしまった人を思い出す。そっちの世界は安らかなのだろうかと。
夕暮れ。久しぶりにストックのレキソタン。
2004年10月31日

気がついたらもう10月も終りかけていた。
先週はずっと終電生活で、木曜日は完徹。金曜日の朝にそのまま会社から病院に行って上部消化器内視鏡を受け、また仕事に戻る。
金曜日の夜にやっと帰宅して、腹をすかした猫に詫びながらご飯をあげ、そのままダウン。
土日も出社のつもりのだったが、体力が回復したのは日曜日の夕方。歳だなぁ。
2004年10月17日
なんだか一週間近く雨や曇りの日が続くと、晴れの日に恋焦がれる。
やっと晴れた休日の午後。部屋に風を通し、布団を干す。
そこはかとなく幸せ気分。
猫も目を細めて窓辺の陽だまりの中で丸まっている。
2004年09月26日
2004年09月12日
駅へ抜ける小路。路傍に一輪の曼珠沙華が咲いていた。
モノトーンの空に鮮烈な赤が融けて、そこだけが艶やかだった。
慌しい日々の中にも秋は巡ってきて、また一年の歳月が過ぎてゆく。
季節毎の思い出だけが、ときおり時空をゆがめて目の前をかすめてゆく。
ああ、そろそろ猫をワクチン接種に連れていかねば。
2004年09月05日

昨日は新宿で大雨に降られた。道路がみるみる川のようになって、駅まで歩いたらびっしょり濡れてしまった。
部屋に帰りついて、濡れた服を着替えほっとした。窓を叩く雷雨が豪快で、それを子守唄にして眠りについた。
嵐の夜というのはなぜかわくわくする。昔は板などで窓を補強したりして、嵐が過ぎ去るのを家の中て待っていた。なにか怪物が通り過ぎるようで、息を潜めてじっとしていた。そんな幼い日の記憶がよみがえってくる。
2004年08月30日
金・土・日と仕事で午前様となる。外は雨。台風が近づいているらしい。
いくぶん涼しくなった気候でかろうじて夏が去り逝くことを知る。
通販で頼んでいたひのきの猫砂が6袋届いているらしい。
洗い物が流しに散乱。いささか気分が悪い。
2004年08月23日
2004年08月15日

昨日、自家用車を手放した。前の日に決心して、気が変わらないうちにということで、その日の午後に印鑑証明や納税証明をそろえる。
13年落ちのもうすぐ10万キロを迎える愛車は予想したとおりゼロ査定だった。解体行きといっていたが、まだ足回りもしっかりしているし、エンジンも好調。たぶん余生はロシアあたりの知らない街で過ごすことになるのだろう。
二十才で免許を取って以来いつも傍らに車があった。地方に住んだ10年はともかく、都内でもどこに行くのも車だった。
はじめてのクルマ無し生活。しばらくは心もとないかもしれないが、文字通り地に足をつけてゆっくりと歩んでいきたい。
もうこれで思い出になるものはほとんどなくなった。最後に送って行ったときに聴いていたシャコンヌもそのままCDトレイに入れたままだ。
2004年08月08日
夕方買い物に行こうと思って自転車に乗ると、タイヤの空気が抜けている。近所に自転車屋はないので、電車で街に出た。
改札を出ると浴衣を着た人が行き交っていた。風に乗って祭囃子も聞こえてくる。
街には光と人々の熱気のようなものが溢れていて眩しかった。
行き過ぎたいくつかの夏が脳裏をかすめる。
蝉時雨。凛とした夕暮れ。早生の幸水がひとつ。日に焼けた畳。かげろうの立つ駅へ続く坂道。
2004年08月01日
金曜日は終電で帰ってきて、深夜に素麺を食べる。
土曜日はいつもどおり5時30分に目覚めるが体があまりにもだるいので二度寝。
シリアルで朝食、洗濯をしてからさらに三度寝。午後から休出。
20時過ぎまで仕事して、区切りのいいところで退出。電車でラーメンを食べに行く。
ホームから見上げると花火が遠くで上がっていた。
今夜はあちこちで花火大会があるらしい。帰りの中央線では立川から浴衣を着た少女がたくさん乗ってきた。昭和記念公園の花火帰りなのだろうか。夏は今が盛りである。
2004年07月20日

猫がだらだらのびている。
窓からはときおり熱風が吹き込んできて、夏はもう本番だよとつぶやいている。
今日も脱力してしまって、日が落ちるまでだらだら過ごしてしまった。
それでも、洗いたてのふうわりしたシーツに身を横たえて、部屋をBlue Noteの音で満たしてあげると、そこはかとない多幸感に包まれるのだ。
どこかで風鈴が鳴った。
もう思い出さえも夏の陽炎の彼方に消えかかっている。
2004年07月18日

昨日は銀座の後で浅草に寄ってみた。
浅草寺はさすがに人がたくさんいたが、四万六千日を過ぎてこの地も少しおちつきを取り戻したようだ。
仲見世、六区、花やしき。そぞろ歩くと心地よい汗が噴き出す。
WINS裏の飲食街などは趣きがある。
今度は足をのばして裏浅草も歩いてみようか。
2004年07月08日
昨日は七夕だったらしい。
昨夜は帰ってばたばたとおさんどんをしていたら夜中になってしまった。
なので今日になってやっと七夕だったことを思い出した。
web日記に「七夕」とだけ書いた7月7日は何年前だったっけ。
それを見てあなたは笑いましたよね。
月日だけがただ流れていきます。
2004年07月04日

昨日はふと思い立って久しぶりに銀座へ出る。裁判が終わって弁護士事務所に通う用事が無くなってからというもの、銀座に足が向かなかったが、半年ぶりに行ってみる。
コンタックスサロンに立ち寄ったら、西村順子写真展「花 はな 華」というのをやっていた。
女性の視点でとらえた花たちはやさしい光で描写されていた。それだけで癒された。
そういえば、もうずいぶん一眼レフのファインダーを覗いていないような気がする。一年半ぐらいだろうか。ゆるゆると写欲が湧いてくる。去年の暮れにまとめ買いしたリバーサルフィルムが冷蔵庫の置くに入りっぱなしなのを思い出した。
2004年06月24日
2004年06月20日
2004年06月19日

また6月が巡り来て、そしてゆるゆると過ぎてゆく。
ファンの放つ独特のオーラのようなものが重くて、いつの頃からか遠ざかっていた桜桃忌に今年は久しぶりに行ってきた。
いつものように墓前で手を合わせ例会へ。
ここ数年、桜桃忌は雨が降らないという。
雨が似合うというのに。
今年もオープニングは小野才八朗氏の「雀こ」の朗読だった。
いつになく饒舌で、朗読の前にひとしきり太宰文学について語られていた。
いつか一緒に行こうと言っていた桜桃忌。果たせなかった約束を胸に境内を後にした。
桜桃忌が終わり、今年もすぐに夏が来る。
2004年06月15日

ここのところ、ずっと寝に帰るだけの生活をしていたが、今日は久しぶりに早めの帰宅。
まだほんのりと昼の余韻があるうちに電車に乗った。車窓からは高尾の稜線が最後の抵抗を見せていた。空には朱の一筋の一筆書き。漆黒の手前のほんのひとときは息を飲むほど美しかった。
帰宅して久しぶりに猫と遊ぶ。
2004年06月13日

近所の紫陽花もほぼ咲き揃った。
去年と同じ場所でひっそりと同じように咲いている。
北鎌倉の明月院あたりは見頃だろうな、とは思うもののなかなか足が向かない。
土日はなんだかだるくて終日寝ていた。
ここのところ毎週そんな感じで、どこにも出かけられないでいる。
今日はipodのドライバとitunesをupdateした。
2004年06月08日

午前中は目黒で2社。午後から休暇を取って病院へ行く。
先日のポリソムノグラフィーの検査結果が出ているはずだったのだが、まだ解析が終わっていないということで空振り。月末にあらためて聞きに行くことになった。検査入院の費用だけ支払って帰宅。
あいかわらず昼に強い眠気が来る。運転業務からははずされているので問題ないといえばないのだが、眠いのはなんとも辛い。薬の類は事故以来いっさい飲んでいない。原因がはっきりしないのがなんともむずがゆい。対策の立てようもないし、次の仕事もさがせない。
街はもう梅雨入りしたという。
2004年06月06日

同窓会があって、雨の中を渋谷へ出る。
卒業以来はじめて出るので30余年ぶり。
当時の面影がなんとなくみんな残っていておもしろい。
父と生き別れ、母を15の春に亡くし、以来なにかに属するという意識がないままに走りつづけてきたのだけれど、帰属することの安らぎが少しわかったような気がした。
2004年06月02日
商用であの人の住んでいた街へ行く。街の佇まいは一年経った今でも変わらなかった。
今年も何事もなかったかのように紫陽花が色づき、人やクルマが行き交っていた。
ぬくもりの消えた街角で、ただひとつ残された言葉だけがさまよっていた。
迷宮の街でかわした言葉だけが。
あなたが抱えきれなかった、行き場のない悲しさや哀しみは何処に向かおうとしているのだろう。
2004年06月01日
昨日はここもNTTコム大手町の電源障害で約6時間ほどアクセス不能だった。
職場からうちのメールサーバに繋がらなくなったのが3時半頃のこと。
17時を過ぎてもNGなので、さすがに心配になって部屋に電話してみた。
留守電が応答するようなので、とりあえず部屋は焼失したりしているわけではないと安心した。
猫の処方食を動物病院で仕入れてから帰宅。LAN内のDNSはプライマリー、セカンダリー共に生きているのを確認。外に出て行けないようだ。webが使えないのでなにも情報が得られない。OCNに電話しても話中の嵐で繋がらない。
あきらめて、猫の世話をして早寝。OCNエコノミーの時代から数えると、もうずいぶんいつもネットがある生活をしているわけだけれど、無ければ無いで意外に快適な生活かもしれない。
2004年05月30日

金曜日は仕事で那須。夜、帰京。
土日は洗濯だけやって、あとはぐったりして猫と昼寝。
開け放った窓からは初夏の風。
ささやかな多幸感の中でまどろむ午後。
夕方になって隣町のホームセンターに猫砂を買いに行く。
ホームセンターはバーベキュー用品などのアウトドアグッズが季節商品として入り口付近にかなりの場所を取って売られていた。
ああ、もう夏なんだなと。
気の早い紫陽花もそろそろ咲きだした。
2004年05月24日
2004年05月16日
2004年05月11日
久しぶりに晴れて気持ちがいいなぁ、と思っていたら暑い暑い。このまま夏になる、わけはないね。
ここのところ運転はずっと新人君にお任せなのだが、朝からずっと外に出っぱなしで、仕事のメールは携帯に繋いだリブレットで受けている。それはいいのだが、毎日届くウィルスの添付ファイルが重くて受信にやたらと時間がかかる。まったく迷惑な話だ。
携帯も仕事で使っているのはもう3世代以上前のものなのでバッテリが弱っていて、ネットに一度繋ぐとバッテリの棒が一本ぐらい減っていたりする。メールだけだからいいかと思っていたが、そろそろモバイルの環境も考えないとだめかもしれない。
2004年05月09日
朝から雨の一日。
午前中は病人のごとく二度寝。午後から猫砂などを買いに行く。
猫砂はいつもの木片系「スーパーウッディ」をまとめ買い。
ほんとうは花王の「ニャンとも清潔トイレ」かユニ・チャームの「デオトイレ」に換えたいのだが、保守用品が近場で手に入りづらいのでなかなかふんぎれないでいる。
夕方、帰宅。雨に濡れた黄色い薔薇がそこだけ艶やかだ。
2004年05月07日
あいかわらずSPAMがいいペースで届いている。
9割以上は海外からのメールだ。
バイアグラ等の薬剤系が多いが、なかでもバイコディンという文字がタイトルに入っているのがよく届く。
SPAMフィルタをすりぬけるように、"i"は"1"に"o"は"0"にしていたりと手がこんでいる。
バイコディン(スパマーに検索されるのもヤなのであえてカナで書くけれど)は鎮痛薬の一種らしい。かなり依存性が高く、今もっともスマートなドラッグとしても流行っているらしい。
一説によればバイアグラ市場が若干鈍りだしたので、代わりにバイコディンを売り込んでいるのだとか。
検索するとMTのコメントスパムでも流行っているようだ。
やれやれ。
2004年05月05日

とうとうどこにも遠出せずに連休が終わる。行ったところといえば秋葉原に本を買いに行ったぐらいだ。ほんとうに出不精になった。以前は休みといえばどこかに出かけないという強迫観念にも似た感情があった。
近所の家電量販店でUSB2.0の拡張カードを買ってきてPCにぶちこんでみる。どれぐらい速くなったかとMOの中をかきまわしていたら懐かしい写真をみつけた。金沢を訪れた時に立ち寄った内灘海岸。98年に撮ったものなのでデジカメはたしか40万画素のものなのだが、当時のことを生々しく思い出す。夜中にたどりついた香林坊の電飾や風の音。そしていつか訪れてみたかった内灘の海と空の色と。
2004年05月01日
2004年04月25日

土曜日は日中、病人のように寝て過ごす。なんだかだるくて力が入らない。
ここのところ週末はいつもそんな感じ。
日曜日になってやっと元気が少し出てきた。
ロード・オブ・ザ・リングのDVDを返しがてら街に。
陽射しがまぶしい。
フラワーショップの店先の鮮やかさは春そのものだ。
連休に入ったら猫を洗ってあげようと思う。
2004年04月21日
幕張メッセで今日からやっているTECHNO-FRONTIER2004に行く。行き帰り、運転してもらったがやたらと眠い。
夜、少し事務所のソファでうたた寝してから仕事の続きを。
やはり睡眠の質が悪いのだろうか。いびきをかいているとは思えないのだが。とりあえず検査が終われば確定診断がつく。睡眠時無呼吸症候群がもし否定されれば、あと残るのはナルコレプシーか鬱性の過眠。ナルコは症状からして違うと思われるので、鬱の線が濃厚か。事故後、いっさいの薬物を絶っているので、それによる眠気は除外していいだろう。
2004年04月18日

一年ぐらい前からだろうか、info@宛てに週1通ほどSPAMが届くようになった。
ログを見るとsales@やwebmaster@等を決め打ちして送りつけているようだ。
たまたまinfo@のアカウントが生きていたのでそれだけが届いていたわけだが、週に1通ぐらいならしょうがないかと放置しておいた。
ところがここのところ毎日届くようになったので、infoはアカウントを抹消した。やれやれ。
もう今の時代はSPAM対策でこういう語呂のいいアカウントを作れなくなっているようだ。
世知辛い。
久しぶりに Mellow out を更新。
2004年04月17日
いきなり夏が来たかのような暑さ。病院から帰ってきたら部屋が蒸していた。
暇をみてはハロワの求人検索などを眺めてはいるのだが、なかなかいいところがない。
目にとまったのは葬儀屋の一件。ただしここからはちょっと通うのに無理がある距離。
夜になると、ひたすら眠い。どうしたんだろうというぐらい。
一年が過ぎる。
2004年04月12日
朝早くに起きて仕事で三島まで。もう夏の陽気だ。日大通りの桜もすっかり散ってしまって、新緑がまぶしいくらい。もう一呼吸すると梅雨に入るんだろうな。
ジェニーにゃんは暖かくなってからはあまり一緒に寝てくれなかったが、昨夜はめずらしく布団に潜り込んできた。夜中にふと目覚めて猫のぬくもりに触れるとなぜかほっとする。
2004年04月07日
なんだか後続組の厄災が到着されたもよう。
昨年の9月頃から日中傾眠に度々おそわれるようになった。
昨日、ついに一瞬の居眠り運転で追突事故を起こしてしまった。
仕事がらくるまの運転はしなければならず、この仕事をやめなければならなくなるかもしれない。
行きつけの病院を受診したが、薬の影響の他にSAS(睡眠時無呼吸症候群)の可能性も否定できないとのこと。
肥満体型ではないので気にもしていなかったが、まれに痩せ型でも罹患するらしい。
いびきの有無はひとり暮らしなのでわからないが、検査をすればそれもはっきりするはず。
とりあえず、血圧の薬以外のすべての薬物の摂取を昨日からやめてみた。
命日を前にして、あなたに戯れで言った一言を思い出す。
「なんで生きているの?」
「猫にごはんをあげるためさ」
2004年04月03日
2004年04月02日
4月に入って、ここの共同住宅にもフレッシュマンが何人か入居してきた。まぁ、それはよいのだが、郵便受けに入っているチラシをその辺に投げ捨てる輩がいるようで、エントランス付近が汚らしくなっている。気がついた時は拾って捨てるようにしているが、放火でもされたらと思うとおちおち寝てもいられない。
自転車も悩みの種だ。退去した住人が古い自転車を置いていってしまうので、自転車置き場は古自転車の墓場とかしているのだが、そこに新しく入居した人間が自転車を持ち込むものだから、狭い置き場はもう満杯状態。気の短い住人が古自転車を道路に投げ捨てたりして、もう無法地帯となりつつある。不動産屋には連絡したが、これまた返事はいいけれど動かない不動産屋なので困ったものだ。
2004年04月01日
桜が見頃らしい。今日は少し遠回りして、夜桜を眺めながら帰ってきた。お供はいつものipod。キースジャレットの「生と死の幻想」を聴きながら桜を眺めていると、なんとも桜の花が息をしていて、いまにも包み込まれるような錯覚に陥ってしまう。
いや、音楽でも聴いていないと、去年の今頃のことばかりが鮮烈に想起されて息苦しいのだ。たぶんあと2週間、喪明けまではだめだろう。
彼氏を交通事故で亡くした女性の日記と、彼女を自殺で亡くした男性の日記をずっと読んでいる。二人ともまだ若い。若いだけにその悲しみは鋭利な刃物でえぐられるようだ。死の受容を経て、時間の経過と共に忘れてゆくことへの戸惑いに共感をおぼえた。
2004年03月31日
さすがに今日は年度末とあって、道路も混んでいた。某社を訪ねると、異動で職場を去る人が何人も花束贈呈式をやっているところに遭遇した。
帰社してメールチェックするとメールボックスが混沌としていた。
プライベートアドレス宛ての大量の海外バイアグラ系SPAMと仕事メール宛の大量なウィルスメールに混じって、人事異動のお知らせメールや通常の仕事メールもいつもより多かった。
海外のSPAMが少し減ってくれると助かるのだが、ここのところまた増加したような気がする。日に2回はまとめて消さないと溢れかえってしまう。波状的に来るところをみると、どこか数箇所の業者がまとめて発信しているような気もする。
もう完全にこのアドレスは潰されているな。きっと今たとえ死んだとしてもSPAMは途絶えないんだろうと思うと悲しくなってくる。
2004年03月28日

暖かな日曜日だった。用があってクルマで街へ出ると渋滞している。公演の近くに花見客が湧いているようだった。桜は6分咲きぐらいか。
旧どくだみ荘のM邸に行き「コンセント」のDVDを観る。映画の中のどくだみ荘にMも懐かしがっていた。
ホームセンターでフルサイズのキャットタワーを物色。適当なサイズがなかったので、他の店をあたるつもり。スリムでなおかつ天井まで高さがかせげるタイプがよいのだが。なにせ設置面積が限られているので。
2004年03月26日
今日はアクセスが多いと思ったら、あいかわらず「陳健一」の麻婆豆腐をお探しのお客様が多いようで。いっそのこと、麻婆豆腐とどくだみ茶のサイトにしてやろうかなんて思ったりもして。ニーズがあるならそれに合わせるのもいいんじゃない。
ここのところ仕事が遅くまでかかってしまい、陳健一麻婆豆腐店になかなか行けなかった。それよりも下のコンディションがいまひとつで、辛いものをひかえていたのだ。そろそろ復活してきたので、今夜あたりは繰り出してみようかと思ったりして。
と、わざわざエントリーするような記事じゃないのですが…… (^^;
2004年03月25日

まだ本調子ではないのだけれど、なんとか一週間乗りきれそうな。
出社するとクロネコメール便でなにやら書類が届いていた。宛先の私の肩書きがものすごく古いものだったので、開けるまでは誰から来たのだろうとちょっと不審だった。
書類はWさんからだった。名前を反芻して、もう10年近く会っていないことに気づく。Wさんとはニフティの某所でずいぷん昔に知り合った。ニフティを撤収してからも、賀状のやりとりはしばらく続いていたし、彼女の住む城下町に仕事で行ったときにお会いしたりもした。しかし、ここ数年は便りも途絶え、私も引っ越したりして縁が切れていた。
障害者向けのNPO法人を仲間と立ち上げた、という知らせだった。何年か前にwebでそういう活動をはじめたのは知っていたが、本業のデザイナー稼業が忙しい人だと聞いていたので、本格的に取り組むとは思わなかった。
なによりも、彼女が自分の夢を実現したことがうれしかった。日々ものすごい速さでうたかたのように浮かんでは消える、ネットでの人とのまじわり。そんな中できらっと光った一瞬だった。
2004年03月23日
さすがにこれだけ寒暖の差が大きいと体調にひびく。
みょうに体がけだるくて眠い。風邪のひきはじめかもしれない。
さすがに脂っこいものを食べる元気もなく、夕食はあっさりうどんにした。
幼い頃は扁桃腺を腫らしてよく熱で寝込んでいた。なにを食べてももどしてしまう中で、不思議とばぁちゃんの作ってくれるおじやだけは食べられた。
小さな土鍋で供されるおじやは病気の時の密かなたのしみでもあった。
あれからずいぶん長い年月が流れた。
いつもは気ままなひとり暮らしも、体調が悪い時ばかりは心細くなる。
さすがに猫も、せいぜい鼻の頭を舐めてくれるぐらいで、看病まではしてくれまい。
こんな日は早く寝てしまおう。
2004年03月21日
メールは基本的に公私を問わず全て取ってある。SPAMも傾向と対策を練ろうと取っておいたが、これは数が多すぎてメールソフトが動かなくなったので捨てた。
週末、仕事で過去のメールをさがす必要があって検索をしていた。ところがなにげにプライベートのメールフォルダも検索対象にしてしまったら、彼女から知り合った頃にもらったメールのいくつかが引っかかってしまい、封印していたものを見たような気がしてうろたえてしまった。
奇しくも一年前の今日、苦しさを切々と訴える長いメールをもらった。それがわたしに宛てたこの世で最後のメールになった。携帯に転送したそのメールは保護をかけて時々読み返している。
人と会うにしろ、メールにしろ、もしかしたらこれが最後になるかもしれないと思って応対するように。そして気をひきしめる為に。
asahi.com : いかりや長介さん死去 「全員集合」、ドリフのリーダー
人気番組「8時だヨ! 全員集合」でテレビのお笑いを席巻した「ザ・ドリフターズ」のリーダー、コメディアンで俳優のいかりや長介(いかりや・ちょうすけ、本名碇矢長一=いかりや・ちょういち)さんが20日午後3時30分、死去した。72歳だった。
一躍有名になった番組「8時だヨ! 全員集合」は69年スタート。当時、リアルタイムで観ていた世代としては、懐かしいというより時の流れのはやさに驚くばかり。
低俗番組の烙印を婦人団体などから押されたりもしたけれど、それだけドリフの芸が人目をひいていたことの証明かもしれない。
長い間お疲れ様でした。ご冥福をお祈り申し上げます。
2004年03月20日

みぞれまじりの雨の中を墓参りに行く。
今日はどこもかしこも大渋滞で、最寄りのインターまで30分で行くところを2時間以上もかかってしまう。
それでも霊園の中は思ったよりひっそりとしていて、おちついてお参りができた。次は母の命日、ゴールデンウィークに来よう。
夕方、帰宅して猫と遊んでいるうちに眠くなって寝てしまい、起きたらもう夜。出かける用事があったのだが、まぁいいか。
2004年03月19日
帰宅したら、ポストに総務省関東総合通信局から手紙が来ていた。こんなおんぼろサーバでもいちおう他人様のメール等のデータを扱うので、一般第二種電気通信事業者の届け出をしなければならないのだが、それの住所変更で3ヶ月前に送った書類に不備があるとのことで、今頃になって送り返してきた。
たかが住所を変更するだけなのだが、届出年月日が微妙に違っていたり原本の住所が更に古い住所になっているとかでかなりの訂正をして再提出しなければならないもよう。めんどうくさいのう。
2004年03月15日
今日で禁煙してから半年。もう峠は越えたか。
長年の習慣だったので、今でもたまにふと吸いたい気分になることはあるけれど、たぶんもう吸わないと思う。タバコをやめたことで得られたメリットは多い。
いちばんのメリットはタバコの呪縛から開放されて、もう吸い続けなくてもよいことかもしれない。
ありがたいことだ。
2004年03月14日
通りを隔てた向こう側にある町内会の会館から大音量で「ずんどこ節」が聴こえてきた。今日は朝から子供神輿があるらしい。もう少し寝ていたかったけれど、あまりの音の大きさにしかたなく起きた。
珈琲を飲みながら「Mellow out」に「誕生日の朝」を投稿してから隣町のイトーヨーカドーに電車で行く。目的は自転車を買うことだった。
いろいろ迷って、ブリジストンのアルミ軽快車にした。自転車なんて小学生の時以来。帰り道の春風が心地よかった。
夕刻、ジェニーの耳掃除で動物病院へ。また少し太ってしまったので、食餌の量を1割減らすことに。
2004年03月13日
そんなわけで、誕生日ももう少しで終わり。メールやコメント、掲示板でたくさんのメッセージをありがとうございました。
最近、土曜日は体調を崩して寝込んでいることが多い。今日も一日寝たり起きたりしているうちに終わってしまった。まるで半病人だ。もう少し生産的な休みを送りたいのだが、いかんせん体力が一週間もたなくて。
とりあえず、今日やったこと。掃除・洗濯・布団干し。クリーニング屋。猫砂の総とりかえ。
そんなわけで、今日はわたしの誕生日です ^^)/
師匠、有紀姐のこのエントリーや、*footprint**のこのエントリーでとりあげていただいたりして、私と誕生日が近いうお座の人がこんなにもblogをやっているのかと嬉しくなってしまった。
実社会でもなかなか身近にいないというのに、blogパワーってすごいんじゃない。
2004年03月12日
今日はBlog Peopleを運営されているモダシンさんのお誕生日だそうです。
おめでとうございます☆。*・゜☆。*・゜
そうだ!ついでなのでトラックバック企画。お題は「お誕生日に欲しいもの」
ipodは先日買ってしまったしなぁ。贅沢をいえばきりがないので、天井まで届くキャット・タワーかな。って、これはどちらかというと猫が誕生日に欲しがるグッズかも。
ちなみに明日はわたしの誕生日だったりします。
2004年03月11日
食事中のジェニー号近影↓

暖かな一日だった。少し遠回りして帰る道すがら、夜気の中に濃厚な沈丁花の香りがあった。春も近い。じきに桜も咲くだろう。そして一年。ひとつの区切りと通過点にしたい。
この鯖で日記を書いているいくつかのサイトを拝見した。(サーチエンジンを怖れ、お忍びで書いている人もいらっしゃるのでリンクはひかえますが)
死後は予告の上もしくは即刻コンテンツを削除、ということで了解。とはいっても、平均余命からもそうだし、事故リスクや日頃の不摂生を考えてみても、私の方が先にお迎えが来る確率は高いわけで、みなさんのコンテンツをあと数十年もお預かりすることは出来そうもない。
それはそうと、意外に自らコンテンツを残したいという人は少ないような気がする。ネット墓守はビジネスモデルとしてはまだ時期尚早なのだろうか。
2004年03月09日
2004年03月04日
茨城の笠間というところに仕事で行く。常磐道の岩間ICで降りて、ゴルフ場の間を縫うようにして。田園風景が懐かしい。北関東特有の訛りを聞くのも久しぶりのこと。
昼時になって街道すじの定食屋に入る。650円の生姜焼き定食は、これでもかというぐらい野菜が盛ってあって、白飯もこれまた量が多い。
田舎暮らしをしていた10年をおもいだす。いいことも悪いことも。すべては夢の中に。
2004年03月01日
みぞれ混じりの雨は昼頃に一瞬雪にかわった。
電車の窓から降る雪を見ながら昨日買ったipodでキースの「生と死の幻想」を聴く。
なにか現実感が無くて、映画の中のひとつの光景みたいな錯覚におちいる。
猫のフロントラインを買わなくては。
2004年02月28日
猫がひとり寝をするようになってきた。もう春なんだ。
朝から前の狭い路地を引越しのトラックが行き来する。洗濯物を干しながら、そんな景色をぼんやりと見ている。
今日はたまったDVDを観たり、読みかけの本でも読もうと思っていたが、これから所用で新宿まで行かなければならなくなってしまった。メールで済むと思ったのに。
今思っていること。webサーバをなんとかしたい。さすがにK6 350MHzでは非力。とりあえずディスクはそろそろ交換しないとダメかも。稼動して4年経つし。
私信: トラックバック返しをしてみました>ひめ
2004年02月22日
コートがいらない暖かな一日。
暖房もかけず窓を開け放って、春の風を部屋に通すとおもいっきりくしゃみが……。
それからというもの、鼻水が止まらない。
いよいよそんな季節かと憂鬱になる。
せめて花粉情報のサイトを確認してからでかけるようにしようか。
2004年02月19日

今日も良く晴れて暖かな一日だった。夜気の中に沈丁花の香りが混じる日も近いだろう。
ウェブ同窓会「この指とまれ」に登録してからもうずいぶん経つが、先日中学の同期からメールが届いた。6月に同窓会をやるらしい。30年以上も会っていない人たちばかりなので、今から楽しみだ。卒業してから住所を転々としているので、ネットでもなかったらなかなかめぐり合えなかっただろう。
メールに書かれていた母校のサイトを訪れ、MIDIで校歌を聴いてみた。初恋を思い出して少し恥ずかしかった。
2004年02月17日
銀行に寄ろうと思って、新宿西口の地下広場から地上に出た。小田急ハルクの方角からの陽射しがまぶしかった。階段を上っていくと、視線の方向にテレビクルーらしき人たちがいた。カメラがこちらを向いているので、いやだなと思って歩を少しずらした。するとカメラがこちらを追うように振られた。あきらかに狙われていた。
インタビュアーが近づいてきてNHKのテレビクルーだと言った。なるほど、カメラ機材に見慣れたマークが入っている。「会議についてどう思うか」というのが取材の内容だった。時間のムダだとか、段取りが悪いといった批判的な意見が欲しいようだった。それとなくそういう方向に誘導された。
あいまいに答えているうちにインタビューは終わった。たぶん意図した回答が得られなかったと思うので、ボツだろう。でも、そんなことはどうでもよかった。わたしの興味というか関心は会議のことより、目と鼻の先でビッグ・イシューを売っているホームレスの人たちにあった。明日の自分の姿をみているようだ。いや、ビッグ・イシューを売るなんて境遇にもめぐまれないかもしれない。絶望のうちに、いやでも飢えと寒さが襲ってきて、息もたえだえになりながらやがて意識が遠のいてゆく。
一昨日、なにげなく無料の求人誌を眺めていて、自分の行く末を案じてしまった。今、仕事を干されてしまうと、できる仕事などほとんど無かった。年齢制限でまず9割5分は引っかかってしまう。これだという仕事に生かせる資格も持ち合わせていない。ゆいいつこれだと思ったのは、某警備会社の求人広告の条件。「確実に電話連絡のとれる方」 一筋の光明を見る思いだった。
2004年02月14日

バレンタインデーは暖かくなると天気予報でいっていたが、春一番まで吹いたようだ。
スタッドレスに履き替え、いつでも滑りに行ける状態にはしてあるのだが、もう春ですか。
今日は猫の処方食がなくなりかけたので、本猫も連れて動物病院へ。
とりあえず目標体重の5Kgには近づいたので、維持食のヒルズw/dに変えることになった。
ついでに簡単な健康診断もやってもらったが、とくに問題はなかった。そんな一日。
なにげにgoogleのツールバーにピンクのハートマークがたくさん。最初は液晶のシミかと思った。今宵、いくつの恋物語が語られるのだろうか。
2004年02月13日
今朝は少し早く目が覚めたので、久しぶりに最寄駅の近くのドトールコーヒーに寄ってから会社に行った。
ひさしぷりに寄ったというのに、いつも決まった席に決まった顔ぶれが座っていて、ここは変わらないなぁ、と思った。
念入りに化粧をしているOL。朝からノートPCを広げてばりばり仕事をしているサラリーマン。コーヒーには手をつけず、ひたすら寝ている人。この3人はいつも朝の同じ時間に遭遇する。
家でもっとゆっくりしてくればいいのにと思うが、いろいろと大人の事情があるのだろうか。
2004年02月10日
SAPPORO TODAYのまーふあさんが下の記事で紹介されていた、似顔絵イラストメーカーを使ってみた。
○年前のワタクシ。
2ちゃん閉鎖マンセーとか言いながら、似顔絵イラストメーカーにハマってました。
うーん。若い人向きですねー。
これじゃ、年齢詐称になってしまうかも。
シワなどの特殊?効果もあるといいかもしれない。

2004年02月08日
週末の朝はSPAMの処理からはじまる。
今朝もいつものようにメーラーを立ち上げた。バイアグラ系の海外SPAMがいつものように大量に届いていた。と、メールの受信中にとつぜんエラーが出て、アプリが終了。その後はどうやってもエラーが出るようになってしまった。telnetでpopからSPAMメールを手動で消してもダメ。メーラー上のメールボックスのファイルをエディターで開き、SPAMを削除してみたけれど、やはり同じ。しかたなく既存のメールボックスをリネームして空のメールボックスを再構築したら復旧した。ついでにSPAM排除機能が付いたというのでeudoraのバージョンアップも。そんなこんなで昼ちかくまでかかってしまった。
気をとりなおし、峠を越えて隣町のホームセンターまで猫砂を買いに行く。あまりにも外は気持ちがいいので帰りはR412で相模湖を経由し、R20で大垂水峠を越えて戻ってきた。峠のラブホがどこも満室だったのが印象的。時代が流れても皆やることは同じ。
2004年02月06日

久しぶりに早あがりして、部屋の流しを掃除する。
家訓というほどではないが、「とりあえず流しの周りはきれいにしておけ」と肝に命じている。
生活が荒れてくると、まず流しの周りが汚れ、そして乱雑になりやすいのだ。
汚れた鍋が流しの中央に鎮座し、渋のついたコーヒーカップがそのまわりに。
溜まっていた洗い物を終わらせ、シンクを磨き上げると気分がやっとすっきりした。
これで、いつなにがあっても大丈夫だな、と。
レンタルビデオ屋でDVDとCDを借りてきた。DVDはやっと一つだけあいたので借りることができた「戦場のピアニスト」と「ラウンド ミッドナイト」
「戦場のピアニスト」は有紀姐がレビューをあげているようなので、後日のお楽しみにしようかと思う。今夜はキース・ジャレットのCDを聴いている。
満月がまぶしい。
2004年01月28日

今日は東、明日は西。香具師のような生活つづく。
日帰りで那須まで。写真は東北道の都賀西方PAにいた猫。駐車しているクルマのタイヤの上に伸びきって寝そべったりとなかなかひょうきんな猫たちだった。
帰宅して、まず外猫の黒ちゃんに晩御飯をあげ、ダイエット中でイライラしているうちのジェニー号にも処方食をあげ現在にいたる。
2004年01月23日
webの管理をしてあげているお店の上海小姐から昨日メールが届く。春節なのでパーティーをやるから来ないかと。あいにく昨日は千葉で仕事だったので行けなかったが、小姐のつくる本場中国の角煮は食べたかった。
今日、立川のグランデュオに行ったら、上の中華街で春節ランタンフェスティバルというのをやっていた。照明をおとし、色とりどりのランタンに灯火が入れられて、異国ムードが漂っていた。
2004年01月22日
2004年01月18日
MT2.661にアップデート完。
東京に、ほんの少しだけ雪が降った。今日の昼にはまだらになってどこかへ融けてしまったけれど。
なにもそんな日に行かなくてもと思ったが、スタッドレス・タイヤを預けているタイヤ屋へタイヤ交換に行った。3時間待ちだというので、順番が来たら電話をもらえるように頼んでいったん帰宅。風呂に入って待つことに。
カーテンを開けて、舞い散る雪の華をみていた。東京の雪は非日常だから、それにまつわる思い出が、ひとつふたつと湧いてくる。東京にドカ雪が降った少年時代。一日かけて庭に作ったかまくらの前で微笑む一葉の写真。とり憑かれたように毎週行っていたNとのスキー行。仕事帰りにサザンを聴きながら滑りに行ったナイター。もう淡い色のヴェールがかかってしまった過去だけれど。
また今度生まれかわっても同じ思い出をつくりたい。
ネットで拾った田口ランディさんの言葉。
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今日、この言葉を誰かにこびるために書かなかったか?
あてつけのために 書かなかったか?
本当の感情を抑えていないか?
自分を偽っていないか?楽しんでいたか?
自分のなかで納得しているか?
本当に伝えたいと思ったか?
人に 甘えてないか?
書きたいこと、書きたい思いを全部自分で引き受けられたら、人のことは あまり気にならなくなるよ
書いたことで満足できるようになる
どんな場所であれ、自分の言葉を発進し続けることは、運命を動かすこと につながる
あたしの未来は、あたしだけの喜びの延長線上にしかない
(田口ランディ)
2004年01月12日
昨日windows機のCD-Rドライブを使ったら、書き込みを終えたあと、I/Oエラー出て二度と読み書きができなくなってしまった。
仕方なくATAPI内蔵のくDVD/CDライターを買ってきて交換。
今まで使っていたライティングソフトがこのドライブに対応していないようなので、B'sのオンラインショップでB's Recorder GOLD7にバージョンアップ。
PCでDVDがみられるようになったので「ユー・ガットメール」などを観て過ごす。
そんな夕暮れ。
2004年01月05日
年始まわりで都内へ。
ラーメン屋の店先のスピーカーからピンキーとキラーズの「恋の季節」が大音量で流れていた。昭和44年。母が逝くちょっと前の夏に流行った曲だ。
記憶。とくに人の死にまつわる記憶とその時のはやり歌はセットで脳内にインプットされる。そしていつまでも消えることはない。歌を聴いて、過去へ一瞬にして旅立つ。
暮れの紅白。Nとチャットしながら最後のところだけ聴いた。
SMAPの「世界にひとつだけの花」
おそらく私の中でこの歌は2003年の記憶としてずっと記憶にとどまるだろう。沈丁花の物憂い香りとともに。
2004年01月03日

正月もあっという間に3日。休みもあと一日になってしまった。
今年はどんな年になるのだろう。なにごともなく年が越せたことに感謝するばかりで、なかなか先のことにまだ頭が切り替わらない。
今年は書くことで、少しずつリハビリしていきたい。
2004年01月02日
帰宅したら郵便受けに「ラーメン屋開店」のチラシが入っていた。
正月から通りの向かいにラーメン屋が開店したらしい。
さっそく新規開拓で行ってみたが、麺は茹ですぎだし、スープに旨みもあまり感じられずがっかり。
たぶん長いことはないと思う。













