2004年03月07日

ネット墓守

自分の死後、ネットに残したテキストの処理やwebの友人たちへの訃報など、気になることがたくさんある。ふつうは家族が面倒をみるのだろうが、そうもいかない場合も多い。家族がPCのことをまったくわからない場合もあるだろうし、とくに日記系のサイトなどは家族には内緒で運営していることも多いだろう。

プロバイダの料金引き落としが途絶え、やがては抹消されるのだろうけれど、なにも知らない人たちからは、最近更新されてないなぁなどと最初は気にされるかもしれない。しかし、それも時間の流れが早いネットの世界、すぐに記憶から忘れ去られてしまうだろう。たとえサイトがある日突然消滅したとしても、飽きてやめたかプロバイダを引っ越したと思われるだけだろう。

そういう幕引きももちろんありだろうが、自分の痕跡をメモリアルサイトとして残しておきたいと考える人もいるだろう。あるいは、リアル社会の友人・知人ばかりでなくネットでしかつきあいのない人たちにも自分の死を知らせてほしいと思う人もいるだろう。

生前にそういったもろもろの事後処理を打ち合わせしておき、いざという時には整然と訃報が送られたり、プロの手によってメモリアルサイトが立ち上げられたりというようなサービスがビジネスとしてそろそろ登場してもおかしくないだろう。

去年、ネットで親しくしていた人の死に際し、webでの告知や読者とのメールのやりとり、アカウント削除までやった経験からもそう思う。親しくしていただけにそれはひどく辛い作業だったし、感情が入ってしまうのを避けるのに苦労した。第三者がビジネスライクに処理してくれた方がいい場合もある。ネット墓守というよりネット葬儀屋か。

参考: ネット墓守(関心空間より)

投稿者 dokudami : 2004年03月07日 18:43 | トラックバック | MyClipに登録
コメント

なんだかすごい考えさせられました。興味深いサイトリンク、ありがとうございます。

Posted by: がる : 2004年03月07日 19:30

がるさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
そうですね。死が避けられない以上、ネットの世界のことがその時におざなりにされるのはなにか悲しいような気がしますね。

Posted by: どくだみ : 2004年03月07日 19:45

私はむしろそういうのが理想。
フェイドアウトみたいな形で
消えていきたいです。

少しずつ忘れられていく感じというか。

リアルでもネットみたいに幕引けたらいいのにとすら思います。
自分がいなくなることで、
悲しい思いをする人がいるのは辛いです。

Posted by: 丼姫 : 2004年03月07日 20:36

こんばんは、姫。
おそらくネットでアンケートを取ったら、姫と同じフェードアウト派?の方が多いと思いますね。

わたしもどちらかというと現実社会でも葬式不要、散骨でもしてくれればいい、という考え方でした。

形として残すというのは、たぶんに生きている人の心の折り合いをつける為の都合によるものなのでしょうか。

人知れずひっそりと、というのはある意味理想なのでしょうね。

Posted by: どくだみ : 2004年03月07日 21:17

やはり僕もネットのみの付き合いの人たちからは静かに消え段々と忘れられるのが良いな。
でもリアル社会では残された人のために何かしらの儀式は必要
かもしれないと思っています。

僕の祖母は遺言で医学部への献体を希望していた為、逝った後
告別式をする暇もなく大学へ引き取られていきました。
当時、自分の病気で入院していて立ち会えなかった僕はその後
長い間、祖母が逝ったという事実すら中々信じる事が出来ずに居ました。
葬式と言う物は残された人の気持ちを整理する為の儀式なのだな
とあの時初めて気付きました。


Posted by: N@それから : 2004年03月08日 10:33

ネットのつきあいといっても、その人と人の距離にもよるのでしょうね。ネットで知り合ってリアルでつきあっている人もいるでしょうし、ネットだけの、しかも単方向のつきあいもあるわけで。

わたしは残された人の意思にまかせたいですね。消極的には死んだらテキストも抹消してほしいけれど、残して偲びたいという人がいれば残してもいいかな。

葬儀が残された人の為の儀式だということ。すごく実感としてわかります。

Posted by: どくだみ : 2004年03月08日 21:56
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