2004年02月08日
たそがれマイ・ラブ (1)
少しかび臭い部屋の、かたわらのラジオからは大橋純子の「たそがれマイ・ラブ」が流れていた。
1978年の暮れ。わたしは赤坂の雑居ビルの中にあるその会社でバイトをしていた。毎朝、本をバイクに山ほど積んで都内を配本してまわるのが仕事だった。本といっても「日本の民話」「世界美術全集」「楽しいクッキング」などといったセットもので、毎月一冊ずつ配本していた。そして集金までできてはじめて一冊100円のバイト代が歩合として懐に入った。
営業の人は別にいて、みな凄腕だった。都内の会社をまわり、本の契約を取っていくのである。時代も右肩上がりでよかったのかもしれないが、配達が間に合わないほど契約が取れた。「どうやって売るの?」と聞いてみたが、就業中の会社に入っていき、本を頭上に掲げて大きな声で「この本だれか買わない?」とやるのだそうだ。そんなことで売れるのか不思議だったが、間合いの取り方や発声などノウハウがいろいろあるのだろう。
都内の大手企業ばかりを配本してまわっていると、その会社のカラーのようなものがだんだんと見えてきた。心のゆとりといったらよいのだろうか。毎月届く本を心待ちにして、本を楽しむゆとりのある人の多い会社もあれば、とりあえず契約はしてしまったが、本を読む心の余裕などないほど疲弊している人たちもいる。さまざまな会社のさまざまな人に会うことで、自分の中に会社のランク表みたいなものができてしまった。今、消費者として製品を買う立場で、無意識のうちにその時の評価で買う買わないを決めていたりする。某大手便器メーカーなどは家を建てる時に指定したほどである。
トラバありがとうございます^^
光景が思い浮かぶようです。
あと、自分の知っている地名も多いので、生々しい~。
ぜひつづきを\(^o^)/
どもども。なんだか懐かしくて、またもや駄文をトラバらせて頂きました(^^;
あの頃のことならいくらでも書けるような気がします。
それだけ濃密な時代だったのでしょうか。